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  <title>ともしびワールド</title>
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    <title type="html">正しい心の力の使い方</title>
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    <updated>2012-05-20T13:14:45+09:00</updated>
          <published>2012-05-20T13:14:45+09:00</published>
              <category term="ともしび茶屋"/> 
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      <name>tomo_kou</name>
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          <summary type="html"> それからもう一つ、 わたしたちが自分たちや自分自身を制限し傷つけるために作った 「特別なもの」に関して… これも、聖霊はわたしたちの心を癒すために“使い直す”のですじゃね。 自我が制限のために作った ...</summary>
              <content type="html">
        <![CDATA[
        <img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_nml1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />それからもう一つ、<br />わたしたちが自分たちや自分自身を制限し傷つけるために作った<br />「特別なもの」に関して…<br />これも、聖霊はわたしたちの心を癒すために“使い直す”のですじゃね。<br /><br />自我が制限のために作った「入れ物」と「中身」、<br />その入れ物はそのままにして、中身だけを取り替える、ということですじゃ。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_nml1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />だから、自分がこの世界で精力を傾けて作ってきた特別なものを<br />壊す必要も、忌避する必要もないのでしゅよね。<br /><br />自我は、やみくもに壊そうとしたり忌避することで、<br />罪の思いを現実にしたがるでしゅ。<br /><br /><b>『私は罪を犯したのだ。その罪は実在であり、だから私は、<br />欠点や欠陥があり、そして不具の身体の中で生きることで、<br />決して二度とその力を乱用しないことを保証する』</b><br /><br />――こんな感じで。<br /><br />この例はわかりやすくするために極端かもしれないけど、<br />この思考パターンは軽微なものなら日々のなかでよくあることでしゅよね。<br /><br />かつて大好きだったものを、<br />後悔と嫌悪と罪悪感の混じった思いで忌避したり抑制したりとかね。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_nml1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />罪悪感の目を通して見るなら、<br />そのような解釈になることは必然かもしれないですじゃ。<br /><br />自我が解釈する贖罪とは、「懲罰」のことですから。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_nml1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />だから、ボクたちは自分で見るのではなく、<br />それを<b>「罪悪感のない目」</b>で見てもらう必要があるのでしゅね。<br /><br />そうすると、例えば、こんな風に解釈し直されるでしゅ。<br /><br /><b>『私は単に間違いをしてしまっただけだ。それは他のあらゆる<br />人が行った間違いと何ら変わりはない。そしてそれを修正する<br />ためのもっと良いやり方がある』</b><br /><br />こう見れば、決して自分を罰しようとしないだろうし、<br />何かを壊したり抑制することで解決を試みたりもしないだろうし、<br />そんなどーでもいいことよりも、<br />そんな制限を作りたがった自分の<b>「決断」</b>の段階へと意識を向け、<br />その「決断」を取り消すことに、心の本来の力を向けることが<br />できるようになるのでしゅね！<br /><br />これこそが過ちを無思慮に繰り返し続けない、<br />原因のレベルから解決する真の救いでなくて、何なのだろう！<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_nml1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />この世界での制限や欠点を見たときにこそ、<br />自分自身がかつて選んだ「制限された状態に賛成する」という<br />決断の時点に戻り、それを撤回可能にするのですじゃね。<br /><br />間違いは、それが起こった原因の段階でのみ解決できるのであって、<br />結果の段階で解決を図ることは逆に間違いを維持することになるの<br />ですじゃよ。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_nml1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />だから、制限や欠点を見ることは、特別な関係を作ることと同様に、<br />ちっとも悪いことではない…<br />それどころか、注意深くあれば、原因の段階にたどりつき、<br />そこで真の解決を図ることができるのでしゅね！<br /><br /><br /><div class="q-h" style="clear: both;"><div class="q-m"><div class="q-t"><div class="q-b"><div class="q-lt"><div class="q-lb"><div class="q-rt"><div class="q-rb"><div class="q-l1"><blockquote style="color: #333;"><br /><div class="f1 g" style="margin: -8px 0 1em 0;">引用：</div>今、私たちは制限と影の世界を、<br />制限されていない状態の代わりに制限された状態に賛成<br />するという私たちの決断へと戻る機会として見ます。<br /><br />そして、私たちに自らの欠点や制限を裁くことなしに<br />見ることを助けてくれる教師を提供することこそが、<br />奇跡のコースの要点であります。<br />&nbsp;</blockquote></div></div></div></div></div></div></div></div></div><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_fun1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />ここ！<br />ここが本当に、奇跡のコースの要点なのでしゅよね！
        ]]>
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    <title type="html">心の平安と、実相の世界</title>
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    <updated>2012-05-16T20:52:37+09:00</updated>
          <published>2012-05-16T20:52:37+09:00</published>
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      <name>tomo_kou</name>
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          <summary type="html"> ほんと、これはかわいらしくて、和む表紙絵ですじゃね〜 よくよく考えてみたら、 般若心経って、ボクはあまり関わりがなかったでしゅよ。 なかなか興味深そうなのにね！ アマゾンのページにてレビューなど拝見 ...</summary>
              <content type="html">
        <![CDATA[
        <img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_cup1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />ほんと、これはかわいらしくて、和む表紙絵ですじゃね〜<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil45a893036e244.gif" alt="" align="absmiddle" /><br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_nml1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />よくよく考えてみたら、<br />般若心経って、ボクはあまり関わりがなかったでしゅよ。<br />なかなか興味深そうなのにね！<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4e398ff7b.gif" alt="" align="absmiddle" /><br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_sta1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />アマゾンのページにてレビューなど拝見していると、<br />「ほお〜！」と感心するようなお話を見かけました。<br /><br /><br /><div class="q-h" style="clear: both;"><div class="q-m"><div class="q-t"><div class="q-b"><div class="q-lt"><div class="q-lb"><div class="q-rt"><div class="q-rb"><div class="q-l1"><blockquote style="color: #333;"><br /><div class="f1 g" style="margin: -8px 0 1em 0;">引用：</div><img src="http://tomoshibi-world.com/img/cha/guest.gif" alt="" align="absmiddle" style="margin-top: 1em; zoom: 2;" /> <span class="f1 m">（レビュー）</span><br />これほど分かりやすい般若心経は初めてです。<br /><br />物語はお釈迦様が観音様や弟子たちと<br />山に登る場面から始まります。<br /><br />弟子のシャーリープトラが観音様に<br />涅槃とはどんな状態なのかと問いかけ、<br />お経に沿って説明していくというものです。<br /><br />例えば<br />「照見五蘊皆空」⇒<br />「五蘊はみな空なりと照見して」⇒<br />「そこから、あらためてこの世のありようを眺めて見ると<br />この世界はそれまでと全く違った新しい姿で見えてきたのです。<br />そして私は明らかに理解したのです。<br />この世を形づくっている色や形や感覚や思いなどは、<br />すべてこの海の表に起こっては消える波のようなものだったと」<br /><br />絵本の物語性に加え、<br />苦しむ人や動物を波にたとえたり、<br />静かな海に身をゆだねるシーンなどイメージが豊かに広がる。<br /><br />一度手にされては？と是非勧めたい。<br />気持ちが安らぎます。<br />&nbsp;</blockquote></div></div></div></div></div></div></div></div></div><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_kwa1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />なるほどぉ…。<br /><br />お釈迦様の時代にも、争いや困窮や災害や病気など、<br />現代と変わらず世界には「分離」の産物がいっぱいあったのでしょうね〜。<br /><br />でも、たとえそんな世界の形態だけをいくら変えようと奮闘したところで…<br />おそらく百万年の努力を費やそうとも、<br />分離と形態という根本は何も変わらないと思うのでしゅね、この世界では。<br />ここは、そういう目的のために作られた世界だしね。<br /><br /><br />だったら、本当に涅槃（心の平安、悟りの境地）を目指すのなら、<br />自分の「見方」を変えるしかないのではないかな？<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4e29bbcc7.gif" alt="" align="absmiddle" /><br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_cup1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />わたしたちの心は、その仕組み上、<br />自分が「こう見えるに違いない」と信じてきたもの…<br />信じているものを見ることは避けられないですじゃね。<br />それが実相とは異なる姿であっても。<br /><br />でしたら、<br />もし本気で「自分の心と見方を変えたい」という意欲を持つのなら、<br />少しずつでもまったく別の、まったく異なる、<br />いずれはまったく新しい実相の世界へと、<br />心が見る世界は静かに音もなくすり替わる…<br />のかもしれないですじゃね<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4e7853679.gif" alt="" align="absmiddle" /><br /><br />このお話には、そんなことを考えさせていただきました。<br /><br />この機会を与えてくださった珍道中どのにも感謝いたします<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4ddd6835f.gif" alt="" align="absmiddle" />
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    <title type="html">般若心経絵本</title>
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    <updated>2012-05-15T23:56:07+09:00</updated>
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          <summary type="html">この本は、気持ちがほっこりする絵とやさしい文で、 読むと心にスーッと般若心経の教えがしみ込んでくるようです。 般若心経の教えに、難しいことは抜きで、 感覚的にふれたいと思う方に、特に...</summary>
              <content type="html">
        <![CDATA[
        この本は、気持ちがほっこりする絵とやさしい文で、
読むと心にスーッと般若心経の教えがしみ込んでくるようです。

般若心経の教えに、難しいことは抜きで、
感覚的にふれたいと思う方に、特に...
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    <title type="html">ゲームの終わりに乾杯！</title>
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    <updated>2012-05-08T23:16:42+09:00</updated>
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          <summary type="html">美冬さまも読まれましたか！面白いですよね。 私も読後、この世という幻に翻弄される体験は終わりと、 自分にハッキリ許可を与えられるようになり、 妙に気楽に過ごせるようになりました。 そうしていたら、最近 ...</summary>
              <content type="html">
        <![CDATA[
        美冬さまも読まれましたか！面白いですよね。<br />私も読後、この世という幻に翻弄される体験は終わりと、<br />自分にハッキリ許可を与えられるようになり、<br />妙に気楽に過ごせるようになりました。<br />そうしていたら、最近シャンパンを奢ってもらう<br />楽しいホログラムが数回あらわれました  <img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4d4e4c4f2.gif" alt="" align="absmiddle" />
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    <title type="html">私も読みました！</title>
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    <updated>2012-05-08T16:50:30+09:00</updated>
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      <name>Saengerin</name>
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          <summary type="html">おもしろかった〜 紹介してくださった珍道中さんに感謝です！ コースの分厚い英文と普段対峙しているお陰様か、← とっても読みやすかったです 以下、結構ネタバレしちゃうけどいいのかな？ 内容については、珍 ...</summary>
              <content type="html">
        <![CDATA[
        おもしろかった〜 <img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil45a893036e244.gif" alt="" align="absmiddle" /> <br />紹介してくださった珍道中さんに感謝です！<br />コースの分厚い英文と普段対峙しているお陰様か、←<br />とっても読みやすかったです <img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4e7853679.gif" alt="" align="absmiddle" /> <br /><br />以下、結構ネタバレしちゃうけどいいのかな？<br /><br />内容については、珍道中さんがご説明くださってるので、<br />省略ですが、コースと通じる部分もたくさん。<br />特に私が気に入ったのは、<br />「この世」を「人間ゲームのフィールド」と呼んでいたところ。<br />この人間ゲームの考え方がおもしろくて好きでした☆<br /><br />人間ゲームのルールは、<br />スポーツに先攻・オフェンスや後攻・ディフェンスがあるように、<br />第一段階と第二段階があります。<br /><br />第一段階は、いかに本来の自分と正反対の自分の姿を、<br />「制限された自分」に信じ込ませるかがテーマです。<br />このゲームを遊ぶ「本来の自分」は、<br />あらゆる創造力・知力などを結集して、<br />自分とは正反対の自分や非現実を信じさせようとします。<br /><br />第二段階は、フィールド上でどれだけ宝物を発見し、<br />どれだけ本来の力を取り戻して遊べるかがテーマです。<br />不快の中に隠された宝物を見つけるたびに、<br />制限された自分は本来の無限の力を取り戻します。<br /><br />という風に、制限された自分をまず信じ込み、<br />満足したら、もう一度本来の自分に戻って遊ぶゲームですね。<br />何故、こんなムダとも思えるゲームをするのかというと、<br />このゲーム自体が、<br />「本当の私と正反対の私の人生ってどんなんだろう？」<br />という無邪気な発想から始まっているからです。<br />そう考えれば、このゲームがいかによく出来た壮大なゲームか分かりますね。<br /><br />フィールド上で、どれだけ苦しみ・悲しみを経験しようと、<br />それは、喜ぶべきことなのです。<br />だって、こんなに上手に私は自分に正反対の私を信じさせることができたのだから。<br />映画のセットが少しでもリアルでなければ、そこでその幻想世界は台無し。<br />役者の演技がへたくそならば、そこで興ざめしてしまう。<br />周りの世界、エキストラや主役である私も含めた登場人物など、<br />フィールド上にあるものすべて、<br />リアルに、そして自分とは正反対に描けるほど、創り手は満足なのです。<br />そして、それを遊ぶ方は、その出来栄えに驚嘆し、<br />そして、感謝しないとなのです。<br />だから、「不快を感じても感謝しなさい」というのは、<br />矛盾してないんです。<br />こんなにリアルな空間で遊ばせてくれてありがとう！<br />こんなに非現実的な体験をさせてくれて、<br />しかも信じ込ませるなんて、グッジョブ！なんです。<br /><br />でも失敗してばかりのゲームなんてつまんないですから、<br />ちゃんと力を取り戻すための宝物がフィールド上には隠されていて、<br />その宝物を見つけるのに、<br />珍道中さんも仰ってた「４つの道具」が役立つんですね。<br /><br />そんな風に思ったら、ずーっと楽に考えれるようになって。<br />この世についても、自我についても、これから続くレッスンについても。<br />今まで、「自我」について、すごくやなやつ！って思っていたけど、←おい<br />ゲームを楽しくするエッセンスだったんだ！<br />と思えば、何でもないと思えちゃいました♪<br />これからのレッスンも長い道のりかもしれないけど、<br />すべて楽しいゲームだと考えればちっとも苦じゃないですよね <img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4d4e4c4f2.gif" alt="" align="absmiddle" /> <br /><br />私の大好きな（爆）お金についても、もちろん書いてあります。<br />「お金=感謝の表現」<br />「請求書=感謝依頼書」<br />感謝の気持ちに制限や限界なんてないから、<br />そう考えたらお金に制限や限界があるなんてばかみたいでしょう？って。<br />どこかで聞いたようなフレーズではあるけれど、<br />お金について深刻にならないための再確認ができました。<br /><br />そんなご本です♪<br /><br />コースの真面目で難解な雰囲気にちょっと疲れたら、<br />こんなかわいいご本も読んでみて、<br />楽しい気分になるのも、またよいかもです<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4e29bbcc7.gif" alt="" align="absmiddle" /> <br />上手にコースと併用したらよさそう <img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4e7853679.gif" alt="" align="absmiddle" /> <br />と、私は思った次第です♪
        ]]>
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    <title type="html">コメントありがとうございます</title>
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    <updated>2012-05-02T22:48:49+09:00</updated>
          <published>2012-05-02T22:48:49+09:00</published>
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          <summary type="html">美冬さま、仙人様、うさちゃん、コメントありがとう！ １回目に読んだときは、文や構成に読みにくさを感じましたが、 私たちは無限の存在であることを自分自身に隠して 制限のゲームをしているので、 それを解除 ...</summary>
              <content type="html">
        <![CDATA[
        美冬さま、仙人様、うさちゃん、コメントありがとう！<br /><br />１回目に読んだときは、文や構成に読みにくさを感じましたが、<br />私たちは無限の存在であることを自分自身に隠して<br />制限のゲームをしているので、<br />それを解除していく為に、制限に感じた不快感などを突破口にして、<br />力を取り戻していくという教えにワクワクしました。<br />「４つの道具」を生活の中で、即実践できるのが楽しいです。<br /><br />（「読みました！」の文章の中で、目覚めの方法をプロセスと書いていましたが、<br />プロセスは４つの道具のひとつであるので、訂正しておきました。）
        ]]>
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    <title type="html">この世界の思考体系からの脱出</title>
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    <updated>2012-05-02T18:36:35+09:00</updated>
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          <summary type="html"> ふむふむ、なるほど〜！ こちらのご本の中身を少しでも垣間見れるような 貴重なお話をありがとうございます。 とても助かりますじゃ。 興味深い内容でしゅねぇ。 お話をお聞きして、なんとなくですが、 自分自 ...</summary>
              <content type="html">
        <![CDATA[
        <img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_sta1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />ふむふむ、なるほど〜！<br /><br />こちらのご本の中身を少しでも垣間見れるような<br />貴重なお話をありがとうございます。<br /><br />とても助かりますじゃ。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_fun1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />興味深い内容でしゅねぇ。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_nml1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />お話をお聞きして、なんとなくですが、<br />自分自身が否認したり無意識に抑圧しているような想念や感情などを<br />意識上に上げることで、それらに無意識のうちに流されることを終わらせ、<br />自分自身の心の支配権を取り戻していく…<br />そのようなテーマのご本なのでしょうか。<br /><br />もしそうだとしたら、非常に面白いですじゃね♪<br /><br />むしろ、宗教的と言えるほど素敵なテーマだと思いました<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil48eca1d88ad41.gif" alt="" align="absmiddle" /><br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_kwa1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />Amazon.co.jp のページでは、めがっさレビューが付いているし、<br />お目が高い方はいっぱいいらっしゃるでしゅね〜！
        ]]>
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    <title type="html">何という偶然！！</title>
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      <name>Saengerin</name>
                </author>
          <summary type="html">私も丁度、昨日、珍道中さんの紹介を拝見して、 この本を注文したところだったんです！！ おもしろそう♪届くのが楽しみです。</summary>
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        <![CDATA[
        私も丁度、昨日、珍道中さんの紹介を拝見して、<br />この本を注文したところだったんです！！<br />おもしろそう♪届くのが楽しみです。
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    <title type="html">前進が自然で当たり前、なのか！</title>
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    <updated>2012-04-02T08:17:22+09:00</updated>
          <published>2012-04-02T08:17:22+09:00</published>
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      <name>Saengerin</name>
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          <summary type="html">おじいちゃま＆うさちゃん、ありがとうございます ただいまです☆ 茶がうめぇ〜〜〜 笑 はい、歌って教える主婦になりました^^ﾁｬﾗﾗﾗｯﾗｯﾗｯﾘｰﾗ〜♪ お祝いのお言葉、ありがとうございます♪ 引用： ボクたちは自己 ...</summary>
              <content type="html">
        <![CDATA[
        おじいちゃま＆うさちゃん、ありがとうございます <img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil45a893036e244.gif" alt="" align="absmiddle" /> <br />ただいまです☆<br />茶がうめぇ〜〜〜 <img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4ddd6835f.gif" alt="" align="absmiddle" /> 笑<br /><br />はい、歌って教える主婦になりました^^ﾁｬﾗﾗﾗｯﾗｯﾗｯﾘｰﾗ〜♪<br />お祝いのお言葉、ありがとうございます♪<br /><br /><div class="q-h" style="clear: both;"><div class="q-m"><div class="q-t"><div class="q-b"><div class="q-lt"><div class="q-lb"><div class="q-rt"><div class="q-rb"><div class="q-l1"><blockquote style="color: #333;"><br /><div class="f1 g" style="margin: -8px 0 1em 0;">引用：</div>ボクたちは自己というものを誤解している以上、<br />必ず外側に投影され知覚される自我（他人）に応対しているうちに、<br />心は葛藤を覚えることがあるでしゅ。<br /><br />これは、<br />「自分がまだ自我と聖霊の両方の思考体系を教えつつ学んでいるため」<br />なんだそーでしゅ。（T-6.V）<br /><br />この二つの思考体系は相反していて、一つも相容れるところがないから、<br />両方を信じている心は葛藤を覚えざるをえないのでしゅ。<br />&nbsp;</blockquote></div></div></div></div></div></div></div></div></div><br />あっ、ここ今ちょうどコースで勉強してるところ <img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4d8676346.gif" alt="" align="absmiddle" /> <br />すごい、何とタイムリー！！<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4e7853679.gif" alt="" align="absmiddle" /> <br />ありがとうございます☆☆<br /><br />このどっちつかずの状態から抜け出す＝一歩踏み出すのに、<br />ものすごい時間がかかる人もいるのですよね？<br />何だかその理由が分かる気がする･･･思い当たる節がいくつも･･･爆<br />自我を信じてきた私たちにとって、<br />それだけその一歩が大きく、難しいということですね。<br />聖霊を忘れないことがいかに大切かわかります。<br /><br /><div class="q-h" style="clear: both;"><div class="q-m"><div class="q-t"><div class="q-b"><div class="q-lt"><div class="q-lb"><div class="q-rt"><div class="q-rb"><div class="q-l1"><blockquote style="color: #333;"><br /><div class="f1 g" style="margin: -8px 0 1em 0;">引用：</div>でも、たとえ自我の軍門に下ったとしても、<br />しばらくしたらまた苦しくなってくるのは必然の流れだから、<br />結局は少しずつ少しずつでも、<br />みんな天国の方に向かって前進しているのだそうでしゅ<br />&nbsp;</blockquote></div></div></div></div></div></div></div></div></div><br />前進が自然で当たり前のことなのですね。<br />単に私が一生懸命その流れに逆らっているだけ。<br />本当、神様の暖かい愛情に安心しますね <img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil45a893036e244.gif" alt="" align="absmiddle" /> 
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    <title type="html">「ザ・マネーゲーム」から脱出する法</title>
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    <updated>2012-03-28T23:06:09+09:00</updated>
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          <summary type="html">私は本自体まだ読んでおりませんが、読者のブログや掲示板などへの書き込みを読んで興味を持ちました。 ビジネス書のようなタイトルですが、精神世界系の内容のようです。</summary>
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        私は本自体まだ読んでおりませんが、読者のブログや掲示板などへの書き込みを読んで興味を持ちました。
ビジネス書のようなタイトルですが、精神世界系の内容のようです。
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    <title type="html">怒らないこと―役立つ初期仏教法話〈1〉 (サンガ新書)</title>
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    <updated>2012-04-02T21:21:04+09:00</updated>
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          <summary type="html">【ともしび仙人】 「怒り」とは、何でしょうね？ 人はみな、幸せに生きたいのでしょうか。 それとも、不幸に生きたいのでしょうか？ 【こうじうさぎ】 えええ？ そりゃ...</summary>
              <content type="html">
        <![CDATA[
        【ともしび仙人】
「怒り」とは、何でしょうね？

人はみな、幸せに生きたいのでしょうか。

それとも、不幸に生きたいのでしょうか？

【こうじうさぎ】
えええ？
そりゃ...
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    <title type="html">ペリカン【Pelikan】　スーベレーン　４００　万年筆　F（細字）　M400　緑縞</title>
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    <updated>2012-03-06T22:09:57+09:00</updated>
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      <name>masato</name>
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          <summary type="html">ペリカン万年筆「スーベレーンＭ400」です。 （インクは現在エーデルシュタイン・インク サファイアを使用） 数年前にギフトで頂いたものですが、それ以来使い続けています。 特に長い間の...</summary>
              <content type="html">
        <![CDATA[
        ペリカン万年筆「スーベレーンＭ400」です。
（インクは現在エーデルシュタイン・インク サファイアを使用）

数年前にギフトで頂いたものですが、それ以来使い続けています。
特に長い間の...
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    <title type="html">ザ・シフト [DVD]</title>
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    <updated>2012-01-15T18:00:49+09:00</updated>
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      <name>ropa2</name>
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          <summary type="html">（本ではなく、DVDのレビューとなります） なぜこのDVDを買ってしまったかというと、 タイトルに惹かれただけｗｗｗ さて、内容は… 「自分の人生の午後」を迎える変換点の話です...</summary>
              <content type="html">
        <![CDATA[
        （本ではなく、DVDのレビューとなります）

なぜこのDVDを買ってしまったかというと、
タイトルに惹かれただけｗｗｗ

さて、内容は…
「自分の人生の午後」を迎える変換点の話です...
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      </content>
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    <title type="html">Journey into Now 「今この瞬間」への旅―スピリチュアルな目覚めへのクリアー・ガイダンス</title>
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    <updated>2012-01-12T19:07:19+09:00</updated>
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      <name>ropa2</name>
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          <summary type="html">（できるだけ中立を保つようにレビューしてみます） コース (A Course in Miracles) を読んだあとに、 この本を読んでみました。 コースとは一致していません。...</summary>
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        （できるだけ中立を保つようにレビューしてみます）

コース (A Course in Miracles) を読んだあとに、
この本を読んでみました。

コースとは一致していません。...
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      </content>
      </entry>
  <entry>
    <title type="html">犠牲の観念を終わらせる知覚の仕方を学びたい</title>
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    <updated>2011-12-25T17:24:45+09:00</updated>
          <published>2011-12-25T17:24:45+09:00</published>
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      <name>tomo_kou</name>
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          <summary type="html"> このMASATOしゃんのお話には、 自分自身の心のあり方を振り返るところが多々あって、 とてもとても役に立ったでしゅよ！ 日々の生活のなかで生じる自分の想念について、 以前よりもさらに注意していられるよう ...</summary>
              <content type="html">
        <![CDATA[
        <img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_fun1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />このMASATOしゃんのお話には、<br />自分自身の心のあり方を振り返るところが多々あって、<br />とてもとても役に立ったでしゅよ！<br /><br />日々の生活のなかで生じる自分の想念について、<br />以前よりもさらに注意していられるようになったでしゅ。<br /><br />どれほど自分が無自覚に、また形を変えて巧妙に、<br />「分離を維持する想念」を合理化して思考に組み込んでいたことか…<br />気づけば、それはもうビックリするほどでしゅね<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4d8676346.gif" alt="" align="absmiddle" /><br /><br /><br />でも、そうやって「気づいて」いれば、<br />つまり無意識のうちに隠したり、形を変えてわからなくしたりするのではなく、<br />きちんと意識の上に、ありのままの形で置いておけば、<br />「分離の信念を一つ残らず取り消すぞ！ 心の平安を永続なものにするぞ」と<br />すでに決意しているのだから、心の中で訂正の役割を担う正気（聖霊）が、<br />その訂正された見方やヒントをもたらしてくれるでしゅよね<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4e7853679.gif" alt="" align="absmiddle" /><br /><br /><br />んでね、<br />ふとテキスト第4章の「II. The Ego and False Autonomy」を見ていると、<br />「思いやり」とか「慈愛深さ」とか、自分で解釈する「寛容さ」について、<br />改めて思い直すところがあったのでしゅ。<br /><br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/other/lamp1.gif" alt="" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><a href="http://tomoshibi-world.com/amaxoop2+article.lid+615.htm" class="tnr">A Course in Miracles</a><em class="f1">（<a href="http://tomoshibi-world.com/amaxoop2+article.lid+781.htm">奇跡のコース</a>）</em><br /><b>真に慈愛深くなることができるのは、自分は本当に豊かであると、<br />その感覚を永続して持っている者だけである。</b><br /><span class="tnr m">Only those who have a real and lasting sense of abundance <br />can be truly charitable.</span><br /><div class="rig tnr g">T-4.II.6:1</div><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_kwa1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br /><b>ゴビーン！</b><br /><br />…自分は、「本当に豊かである」と、<br />その感覚を“永続して”持っているだろうか…？<br /><br />ボクの場合は、まだまだ「No」でしゅね。<br /><br />だから今のボクでは、真の「慈愛」や「思いやり」なんて、<br />理解できるわけがないのでしゅ。<br /><br /><br />豊かさの感覚を本当に、そして永続して持ち続けることができる人は、<br />「犠牲が存在する」という自我の特徴的な見方から、<br />完っっっ璧に抜け出すことができた人だけなのではないかな。<br /><br /><b>犠牲というものはまったくどこにも存在しえない</b>、と。<br /><br />率直なところ、<br />ボクはまだ自我（self）と自己（<b>S</b>elf）の同一視が訂正されていないから、<br />したがって、「犠牲になりえる」という見方もしているでしゅ。<br /><br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/other/lamp1.gif" alt="" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><a href="http://tomoshibi-world.com/amaxoop2+article.lid+615.htm" class="tnr">A Course in Miracles</a><em class="f1">（<a href="http://tomoshibi-world.com/amaxoop2+article.lid+781.htm">奇跡のコース</a>）</em><br /><b>与えることと犠牲になることを結びつけているとき、あなたは、<br />「何らかの手段で何かより良いものを獲得することができる」、<br />または「その与えるものは自分にとって無くても構わない」と<br />信じているがために与えているにすぎない。</b><br /><span class="tnr m">When you associate giving with sacrifice, <br />you give only because you believe that you are somehow getting <br />something better, and can therefore do without the thing you give.</span><br /><div class="rig tnr g">T-4.II.6:4</div><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_ang1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br /><b>「与えること」＝「自分の持ち分を失う（犠牲になること）」</b><br /><br />この二つを結び付けているのはこの世界では常識かもしれないけど、<br />自分もこのように見なして知覚している限り、<br />「真の慈愛」とは何なのか、「思いやり」とは何なのか、<br />本当は誰も理解すらできないはずでしゅ。<br /><br />50円で仕入れた商品を100円で売る、というようなわかりやすい例だけでなく、<br />純粋なボランティア行為などでさえ、<br />その行為によって自分は良い人になった気分がするとか（一時的に）、<br />寛大になった気分で優越感がそそられるとか、<br />自分の無価値感や空虚感から救われたような気がするとか、<br />他の人たちに自慢できたり賞賛されたりするとか、<br />必ず何らかの<b>「より良いもの（救い）」</b>を獲得できると信じているから、<br />与えているにすぎないのでしゅよね…<br />「犠牲」という見方を信じている限りは。<br /><br />ただ、そこまで率直に認めないだけでしゅ。<br /><br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/other/lamp1.gif" alt="" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><a href="http://tomoshibi-world.com/amaxoop2+article.lid+615.htm" class="tnr">A Course in Miracles</a><em class="f1">（<a href="http://tomoshibi-world.com/amaxoop2+article.lid+781.htm">奇跡のコース</a>）</em><br /><b>「獲得するために与えること」は自我の避けられない法則であり、<br />自我は常に他の自我との関係の中で自分自身を評価している。</b><br /><span class="tnr m">'Giving to get' is an inescapable law of the ego, <br />which always evaluates itself in relation to other egos.</span><br /><div class="rig tnr g">T-4.II.6:5</div><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_nml1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />つまり誰だって、<br />自我の見方「犠牲になることは可能だ」という信念を持っている限り、<br /><b>「何かを与えるのは、その代わりに別の救いを獲得できるため」</b><br />でないと、無条件で与えることなんてできるわけがないのでしゅ。<br /><br />これは善悪の問題ではなく、偽善などでもなく、<br />単に「恐れ」と「防衛」の問題でしゅね。<br /><br /><br />では、ボクたちは自分自身に「どのような救い」を獲得するために、<br />与えているのだろうか…？<br /><br /><div class="q-h" style="clear: both;"><div class="q-m"><div class="q-t"><div class="q-b"><div class="q-lt"><div class="q-lb"><div class="q-rt"><div class="q-rb"><div class="q-l1"><blockquote style="color: #333;"><br /><div class="f1 g" style="margin: -8px 0 1em 0;">引用：</div><b>自我は常に他の自我との関係の中で<br />自分自身を<b class="f3">“評価”</b>している</b><br />&nbsp;</blockquote></div></div></div></div></div></div></div></div></div><br />これは、ぜひとも覚えておきたい自我の法則でしゅ<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil4cce822987e6a.gif" alt="" align="absmiddle" /><br /><br />ボクたちが自分自身にどのような救いを獲得したいがために<br />与えているのかといえば、それは<b class="f3">「評価」</b>でしゅ。<br /><br />自分の自我に対する評価。<br /><br />自己評価であれ、外側からの評価であれ、同じでしゅ。<br /><br />それも、できうるならどの自我よりも高い評価を。<br /><br /><br />『他のどれよりも高く評価される自我になって、<br />この不安定な空虚さや無価値感や恐れから救われたい…<br />また、過去の悲しかったことや罪や劣等感に対して報いたい…』<br /><br /><br />その隠された願いのために、他の自我と関係を持ち、<br />その「比較される関係性」の中で、より良い評価（自我の強化・拡大）を<br />獲得するためにのみ、この世界でボクたちは与えているのでしゅね。<br /><br />つまり、<br /><b>「自分の救いのためには、分離・欠乏した他の自我が必要不可欠だ」</b><br />というわけでしゅ。<br /><br />繰り返すけど、これは別に悪いことではないでしゅ、<br />「犠牲になる」ということを信じている限り、防衛の当然の結果だから。<br /><br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/other/lamp1.gif" alt="" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><a href="http://tomoshibi-world.com/amaxoop2+article.lid+615.htm" class="tnr">A Course in Miracles</a><em class="f1">（<a href="http://tomoshibi-world.com/amaxoop2+article.lid+781.htm">奇跡のコース</a>）</em><br /><b>したがって、自我は絶えず欠乏を信じることに心奪われており、<br />その欠乏の信念こそが自我を生じさせたのである。</b><br /><span class="tnr m">It is therefore continually preoccupied with the belief <br />in scarcity that gave rise to it.</span><br /><br /><b>他の自我を現実と見なすような知覚はすべて、<br />「自我は現実だ」と自分自身を納得させるための試みでしかない。</b><br /><span class="tnr m">Its whole perception of other egos as real is <br />only an attempt to convince itself that it is real.</span><br /><div class="rig tnr g">T-4.II.6:6</div><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_ase1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />これは、もんんんのすごく巧妙なことだし、<br />ボクたちには恐れ（愛を切望する声）とそれに対する防衛があるだけで、<br />悪意（悪意というのは自我の見方）などまったく存在しないのだけど…<br /><br />自分の「分離の信念」、欠乏を信じていることは一切変えることなく、<br />その信念から生じた空虚さや無価値感から自分を救うために、<br />自分の自我を特別に高く評価するために役立つような他の自我を必要とし、<br />つまるところ自分自身が「分離」と「欠乏」を必要としていたのでしゅ<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil4cce822987e6a.gif" alt="" align="absmiddle" /><br /><br />これは、初めて知ったときにはショッキングなことでしゅよね<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4d8676346.gif" alt="" align="absmiddle" /><br /><br /><br />例えば、弱者に対する一見純粋に見える慈善的・親愛な行為でさえ、<br />もしその人がまだ自分は犠牲になれると信じているままなら、<br />他の自我を愛したり救ったりしている見せかけの格好はできても、<br />悲しいかな、本当は愛しても救ってもいない…<br /><br />なぜなら、自分の自我を特別に高く評価して救うためには、<br /><b>自分以外の、分離して欠乏している他の自我が必要不可欠</b>で、<br /><b>それを求めているのは自分自身の自我の救いのためだから</b>、でしゅ。<br /><br /><br />もうちょっと簡単に言い換えると、<br />自分が「善」でありたいと望むなら、比較のために必ず「悪」を、<br />自分の人生の舞台に知覚する必要がある、ということでしゅね。<br /><br />これは、ワプニックしゃんもおっしゃっている通り、<br />他の自我は自分の分離というゲームのために必要とした「駒」なのでしゅ。<br /><br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/other/lamp1.gif" alt="" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><a href="http://tomoshibi-world.com/amaxoop2+article.lid+615.htm" class="tnr">A Course in Miracles</a><em class="f1">（<a href="http://tomoshibi-world.com/amaxoop2+article.lid+781.htm">奇跡のコース</a>）</em><br /><b>自我は文字通り「比較すること」によって生きている。</b><br /><span class="tnr m">The ego literally lives by comparisons.</span><br /><br /><b>「均一であること」は自我の理解を超えたものなので、<br />慈愛深くなることは不可能である。</b><br /><span class="tnr m">Equality is beyond its grasp, and charity becomes impossible.</span><br /><br /><b>自我は決して豊かさから与えることはない、なぜなら、<br />その自我が豊かさの代替品として作られたものだからである。</b><br /><span class="tnr m">The ego never gives out of abundance, <br />because it was made as a substitute for it.</span><br /><br /><b>それゆえに、「獲得する」という概念が、<br />自我の思考体系に生まれたのである。</b><br /><span class="tnr m">That is why the concept of 'getting' arose in the ego's thought system.</span><br /><div class="rig tnr g">T-4.II.7:1</div><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_ang1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />自分は犠牲になれる（傷つくことが可能だ）と見なしている限り、誰も、<br />真に他者に優しくなることも、思いやることも、愛することも、<br />そういう体験は不可能なようでしゅね…。<br /><br />自我自体が、豊かさへの攻撃として作られたものであるなら、<br />どうして自我が真の意味での慈愛や思いやりや、均一であることなどを<br />理解したり認識したりできるだろう？<br /><br />まったく不可能なことでしゅ。<br /><br />少なくとも、この自我としての自分は真の自己（神の子）とは何の関係もない、<br />だから今自分が信じている慈愛や思いやりなどもすべて誤解されたものだし、<br />真の自己の意志とは何なのかをたずねる意欲を心底から持つという、<br /><b>「新たな知覚の仕方」</b>に対して率直に胸を開くまでは、<br />何も始まらないと思うのでしゅ。<br /><br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/other/lamp1.gif" alt="" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><a href="http://tomoshibi-world.com/amaxoop2+article.lid+615.htm" class="tnr">A Course in Miracles</a><em class="f1">（<a href="http://tomoshibi-world.com/amaxoop2+article.lid+781.htm">奇跡のコース</a>）</em><br /><b>「知覚の仕方は他にもある」と信じることは、<br />自我が思いつくことが可能な想念の中では最も高度なものである。</b><br /><span class="tnr m">Belief that there is another way of perceiving is <br />the loftiest idea of which ego thinking is capable.</span><br /><br /><b>それは、「自我が真の自己ではない」という<br />認識のきっかけを含むからである。</b><br /><span class="tnr m">That is because it contains a hint of recognition <br />that the ego is not the Self.</span><br /><div class="rig tnr g">T-4.II.4:10</div><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_fun1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br /><b>「知覚の仕方は他にもあると信じること」</b><br /><br />ほんとにそう<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4e7853679.gif" alt="" align="absmiddle" /><br /><br />誤った知覚の仕方をしている自我としての自分が可能な範囲内では、<br />これ以上に優れた信念など一つもないでしゅ！<br /><br /><b>「知覚の仕方は、今自分がしているもの以外にもある」</b><br /><br />この思いは確かに、自分という存在の焦点の切り替え（selfから<b>S</b>elfへ）<br />のきっかけとして、大いに役立つと思うのでしゅよ。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_sta1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />ワクテカで全裸待機ですじゃ。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_ase1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />…じじい、突然出てきたと思ったら、何言っとるでしゅか。<br /><br />まあ、確かに、「知覚の仕方は他にもある」と信じたら、その次には、<br />確かに現れると信頼して、それが疑いもなくはっきりとわかるまで、<br /><b>「待つこと」</b>が重要なポイントになるでしゅよね。<br /><br />当面は、自分の古い知覚の仕方（自我による救いの判断、利害や善悪や<br />好き嫌いなど）に捉われていて、その影響は否定できないだろうから。<br /><br /><br />どのみち、「訂正」のきっかけは、<br />本気の本気で望んだならば、いつか間違いなく心に現れる…<br />心の見方が <b class="f3 r">『ハッ<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4e7853679.gif" alt="" align="absmiddle" />』</b> と180度切り替わる瞬間が、<br />確かに起こるのでしゅよ。<br /><br />例えば、長年嫌悪してきた人へのわだかまりが一瞬で氷解したりとかね。<br />（これは自分の「寛容」によるのではなく、ただ「焦点」が切り替わったため）<br /><br /><br />ヘレン・シャックマンしゃんを始め、霊的なヒントを得た人たちってみんな、<br />それがもたらされる前に必ず「切に望んでいる」でしゅよね。<br /><br />「もっと別な見方で見たい！」と、ただ“決意”しただけなのでしゅ。<br /><br />だから、ほんの一瞬でも正気を受け入れることが可能になったのでは<br />ないかな。<br /><br /><br />それはボク自身にも思い当たる経験が何度もあるし、<br />いつ・どのように訂正のきっかけが現れるかは決して予測もしないけど、<br />ただ、願えばいつだって現れることだけは確信しているでしゅよ。<br /><br />だって「正気」って、<br />ボクたちがどんなに自我と自己を混同して闇の中でさまよっていようとも、<br />心の中でいつまでも呼んでいる、“神への帰り道に導く光”なのだから。<br /><br /><div class="s-c" style="line-height: 2; clear: both;"><div class="s-l"><div class="s-r"><div class="s-t"><div class="s-b"><div class="s-lt"><div class="s-lb"><div class="s-rt"><div class="s-rb"><blockquote><br /><br /><div class="cen"><img src="http://tomoshibi-world.com/img/other/lamp0.gif" align="absmiddle" alt="" /><br />（心の中で）<br /><b>お願いします、<br />どうぞ、これについて別の見方を教えてください</b></div><br />&nbsp;</blockquote></div></div></div></div></div></div></div></div></div>
        ]]>
      </content>
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  <entry>
    <title type="html">「解釈」と「感覚器官が伝えるもの」との違い</title>
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    <updated>2011-11-13T15:13:32+09:00</updated>
          <published>2011-11-13T15:13:32+09:00</published>
              <category term="ともしび茶屋"/> 
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      <name>tomo_kou</name>
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          <summary type="html"> 「解釈」 と 「感覚器官が伝えるもの」 との違いについて… これはぜひとも明確にしておきたいでしゅよね！ これをきちんと理解して覚えているかどうかで、 外側に対する関わり方や見方が、まるっっっきり変わ ...</summary>
              <content type="html">
        <![CDATA[
        <img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_fun1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br /><b>「解釈」</b>と<b>「感覚器官が伝えるもの」</b>との違いについて…<br />これはぜひとも明確にしておきたいでしゅよね！<br /><br />これをきちんと理解して覚えているかどうかで、<br />外側に対する関わり方や見方が、まるっっっきり変わるのだから！<br /><br /><br /><div class="q-h" style="clear: both;"><div class="q-m"><div class="q-t"><div class="q-b"><div class="q-lt"><div class="q-lb"><div class="q-rt"><div class="q-rb"><div class="q-l1"><blockquote style="color: #333;"><br /><div class="f1 g" style="margin: -8px 0 1em 0;">引用：</div>『Journey through the Workbook of A Course in Miracles』 P6<br /><br />私たちの正しい心の状態が焦点を置いているのは、<br />自分の肉体が伝えることを<b>どのように解釈するか</b>であって、<br />肉体の感覚に関する情報に対してではありません。<br /><br />例えば、<br />もし私が、あなたが私を物理的にあるいは言葉の上で<br />攻撃しているのを見るならば、<br />私は自分から神の平安を奪う力をあなたの行動に対して<br />与えるかどうかの<b>選択権</b>があります。<br /><br />私はあなたの振る舞いを支配する力があるかもしれないし、<br />ないかもしれませんが、<br /><b>しかし常に自分の心を支配する力は持っていて、<br />この世界の何もそれに影響を与えることはできません。</b><br />&nbsp;</blockquote></div></div></div></div></div></div></div></div></div><br /><div class="q-h" style="clear: both;"><div class="q-m"><div class="q-t"><div class="q-b"><div class="q-lt"><div class="q-lb"><div class="q-rt"><div class="q-rb"><div class="q-l1"><blockquote style="color: #333;"><br /><div class="f1 g" style="margin: -8px 0 1em 0;">引用：</div>コースを実践することによって変わるのは知覚、<br />しかもそれは感覚器官が伝えてくれるもの<br />（例えば目に映る光景）ではなく、<br /><b>自分が見ているものについての解釈</b>です。<br /><br />（中略）<br /><br />コースを実践していても、物理的に攻撃されるような<br />光景に出合うことも十分に考えられますし、<br />身体が病気になることだってあるかもしれません。<br /><br />しかしそれに苦しめられることはありません。<br /><br /><b>自分が見ているものには、自分を支配する力がないと<br />分かっている（解釈している）がゆえに。</b><br />&nbsp;</blockquote></div></div></div></div></div></div></div></div></div><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_pan1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />例えば、物理的に自分が誰かに非難ゴーゴー攻撃されているのを見たとき…<br />さて、自分の知覚（解釈の仕方）には、二つの選択肢がありま〜す。<br /><br /><div class="outer2" style="clear: both;"><img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/01.gif" alt="" align="absmiddle" /> <b>その非難は自分とは関係ない他人による攻撃であり、<br />　　　私はそれに影響されたことにして自分の心の平安を放棄します</b><br />　　　（ただし、放棄が自分の選択であることは意図的に忘れてる）<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/02.gif" alt="" align="absmiddle" /> <b>その非難は自分の錯覚を伝える感覚器官の情報にすぎないので、<br />　　　私は錯覚に自分の心の平安を乱す力を与えないことを選びます</b><br />　　　（どう解釈するかは自分の選択だということを覚えている）</div><br />――こんな感じかな？<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4e29bbcc7.gif" alt="" align="absmiddle" />にゅふ<br /><br /><br />ボクたちは従来、 による世界の知覚（解釈）をして、反応していたでしゅ。<br /><br />これは、「世界が先にあり自分は後から来た」という、<br />転倒した信念から生じているでしゅよね。<br /><br />本当は、自分が<b>自分の平安を放棄したがっている</b>だけで、<br />錯覚世界はその密かな願いの“スケープゴート”なのでしゅ<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4daabd491.gif" alt="" align="absmiddle" />ﾆﾔﾘ<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_nml1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />なぜ、私たちは密かに自分の平安を放棄したがっているのでしたっけ？<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_nml1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><span class="f1 g">うん</span><br /><b>平安を放棄することで神の国を攻撃したことになるから</b>、でしゅよ。<br /><br />自分の平安を放棄することで、<br />神が創造した絶対的な愛の世界を壊すことに成功したと、<br />ばかげた勘違いとはいえ、そう思えるからでしゅ。<br /><br />分離不可の愛ではなく、バラバラに分離した存在である自我を肯定するには、<br />神の完全性を否定する（もしくは愛の意義を別のものとすり替える）しかない<br />からでしゅね。<br /><br /><br />でも、「神を攻撃しちまったあ<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4d8676346.gif" alt="" align="absmiddle" />ｷﾞｬｰ」という最大の恐怖は、<br />意識するにはあまりにも巨大すぎる恐怖と罪悪感なので、<br />無意識に押し込んで隠しているから、<br />意識上ではまったくと言っていいほど気づけないのでしゅね。<br /><br />だから、<b>平安の自主放棄</b>は、まったく「密かな願い」であり、<br /><b>意図的に忘れていること</b>なのでしゅ。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4e7853679.gif" alt="" align="absmiddle" />参考： <a href="http://tomoshibi-world.com/newbb+viewtopic.topic_id+223+forum+34+post_id+2595.htm#forumpost2595">「平安を排除したい」という願望</a><br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_cup1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />そうでしたねぇ。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_ang1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />自分自身が「苛々したい」と願った…<br />ゆえに、苛々することが正当化できるような錯覚世界を<br />自分が妄想（解釈＝知覚）したのでしゅ。<br /><br />だから、言ってみれば、その世界の方が被害者であり、<br />自分の方が加害者なのでしゅね。<br /><br /><br />もっとも、ただの妄想なのだから、本当は被害も加害もへったくれもなく、<br />現実には何一つ誰一人として欠損したり傷ついたりしてはいないのだけどね♪<br /><br />自我はその夢の中で何かが「傷ついた」と声高に主張することで、<br /><b>「神とその国は攻撃され、神とその国は不完全なバラバラになった、<br />何という罪深いことだろう…。我々は必ず神に復讐されるし、<br />痛ましい死から逃れることは決してできない」</b><br />と言い張っているのでしゅ。<br /><br />そうすることでのみ、自我は「分離」という自身の存在意義を保てるから。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_nml1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />ええ。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_nml1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil48eca1d88ad41.gif" alt="" align="absmiddle" /><br />聖霊はそれに反して、<br />自我が無意識の秘密にしてきたことをまず明らかにするでしゅ。<br /><br />そして、<br />自我の思考体系がいかなるばかげた基盤の上に立っているものであるのか、<br />それを教えてくれるでしゅ。<br /><br />自我の基盤（コースで言うところの「混沌の法則」）がばかげていると<br />わからない限り、ボクたちはそれを正しいとして信じ続け、<br />不快や快楽を感じたら外側の世界のせいだとして、<br />自分を無力な存在に貶め続けるでしゅ<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4d75edb5e.gif" alt="" align="absmiddle" /><br /><br /><br />その一つの表現が、<br /><br /><div class="outer2" style="clear: both;"><img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/01.gif" alt="" align="absmiddle" /> <b>その非難は自分とは関係ない他人による攻撃であり、<br />　　　私はそれに影響されたことにして自分の心の平安を放棄します</b></div><br />なのでしゅね。<br /><br /><br />でも本当は、<br /><div class="q-h" style="clear: both;"><div class="q-m"><div class="q-t"><div class="q-b"><div class="q-lt"><div class="q-lb"><div class="q-rt"><div class="q-rb"><div class="q-l1"><blockquote style="color: #333;"><br /><div class="f1 g" style="margin: -8px 0 1em 0;">引用：</div>もし私が、あなたが私を物理的にあるいは言葉の上で<br />攻撃しているのを見るならば、<br />私は自分から神の平安を奪う力をあなたの行動に対して<br />与えるかどうかの<b>選択権</b>があります。<br />&nbsp;</blockquote></div></div></div></div></div></div></div></div></div>なのでしゅ。<br /><br /><br />つまり、<br /><br /><div class="outer2" style="clear: both;"><img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/02.gif" alt="" align="absmiddle" /> <b>その非難は自分の錯覚を伝える感覚器官の情報にすぎないので、<br />　　　私は錯覚に自分の心の平安を乱す力を与えないことを選びます</b></div><br />でしゅ♪<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4ddd6835f.gif" alt="" align="absmiddle" /><br /><br /><br />感覚器官が何を伝えてこようとも、<br />それに心の平安を乱す力を与えるのか、それとも与えないのかは、<br /><b>カンッペキ100％自分の選択だった！</b>ということ<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4e398ff7b.gif" alt="" align="absmiddle" /><br /><br /><br />バキューンバキューンと攻撃されるかもしれない、<br />身体が病気になるかもしれない、<br />手に杭を打たれるかもしれない、<br /><br />でも、<br /><br /><br /><br /><br /><div class="cen"><b>それに心の平安を乱す力を与えるのか、<br />それとも与えないのかは、</b><br /><b class="f3 r">カンッペキ100％自分の選択</b></div><br /><br /><br /><br /><br />もしどこかが痛いなら痛いで治療すればいいし、<br />血が流れているならしっかり止めればいい…<br />でも、それによって<b>苦しむかどうかは別問題</b>でしゅよね。<br /><br /><br /><div class="outer2" style="clear: both;"><b>そんなに自分の妄想した錯覚を「力ある現実」だと信じて、<br />神と真の自己を攻撃する夢を見続けたいのか？<br /><br />それとも、自分を創ってくれたのは肉体ではなく神であり、<br />神は不完全なものは創っていない、<br />従ってばかげた自己の錯覚の夢はもう喜んで放棄すると、<br />神の子であることの感謝を高らかに歌うのか</b><img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil48eca1d88ad41.gif" alt="" align="absmiddle" /></div><br /><br />――この心の変容次第で、<br />本当に手に杭を打たれるような絵面を目撃したとしても、<br />ほんの少しも「苦しみ」は感じないのかもしれないでしゅね。<br /><br />また、身体が病気の形態を示していたとしても、<br />心が苦しむ必要性はまっっったく存在しないわけでしゅ。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_sta1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />錯覚だとわかっていることなら、<br />誰しもそんなものに影響されることはないから、ですじゃね。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_nml1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />うん、そう。<br /><br />ただ、これっばっかりは、<br /><b>「自分が何を現実だと信じているのか？」</b><br />――その信念次第でしゅよね。<br /><br />テレビドラマの登場人物が身体を負傷したところで、<br />視聴している自分は痛くもかゆくもないのと同じようなものでしゅ。<br />（ドラマにどっぷり没入していない限りは）<br /><br /><br />だから、<br />ボクたちは自分が見ている世界をこれまで通り自分で解釈するのをやめ<br />（そんなことをしている限り のまま）、<br />聖霊にのみその解釈を尋ねる意欲を持つことが大事なのだと思うのでしゅ。<br />（意欲を持つだけでいい、何もしないことも同じくらい大事）<br /><br />ただ、<b>「これはどのように見たらいいの？」</b>と、尋ねるだけ。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_lov1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />聖霊（心の正気の部分）は錯覚を見た上で、<br />それを見過ごして、現実を反映した部分だけを見るように、<br />優しく教え直してくれるのですじゃね。<br /><br />この世界についても、究極的にはこのように見るしかない――<br /><br /><div class="q-h" style="clear: both;"><div class="q-m"><div class="q-t"><div class="q-b"><div class="q-lt"><div class="q-lb"><div class="q-rt"><div class="q-rb"><div class="q-l1"><blockquote style="color: #333;"><br /><div class="f1 g" style="margin: -8px 0 1em 0;">引用：</div>だから、<br />聖霊にとって全ては愛を表現しているか、愛を求めているかの<br />二択しかないとコースに書かれているのです。<br />聖霊は全て愛の表現しか見えない、というわけではないのです。<br />&nbsp;</blockquote></div></div></div></div></div></div></div></div></div><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_fun1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />錯覚を見た上で、それをきちんと取り消さないと、<br />ほんと、意味がないものね。<br /><br /><div class="q-h" style="clear: both;"><div class="q-m"><div class="q-t"><div class="q-b"><div class="q-lt"><div class="q-lb"><div class="q-rt"><div class="q-rb"><div class="q-l1"><blockquote style="color: #333;"><br /><div class="f1 g" style="margin: -8px 0 1em 0;">引用：</div>コースの実践的な目標は、あらゆるものに対して、<br /><b class="f3 r">愛を表現しているか、愛を求めているか、<br />どちらかの知覚（解釈）しかない</b><br />という状態を目指すことです。<br />&nbsp;</blockquote></div></div></div></div></div></div></div></div></div><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_nml1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil45a893036e244.gif" alt="" align="absmiddle" /><br />こんな現実を反映した知覚（解釈の仕方）をしていては、世界が優しくて、<br />苦しみが入り込む余地なんてほんの少しもないでしゅよねぇ<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4d4e4c4f2.gif" alt="" align="absmiddle" />
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    <title type="html">エゴのカラクリ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://tomoshibi-world.com/modules/newbb/viewtopic.php?forum=62&amp;topic_id=213&amp;post_id=2810#forumpost2810" />
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    <updated>2011-10-31T00:25:45+09:00</updated>
          <published>2011-10-31T00:25:45+09:00</published>
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          <summary type="html"> 皆様いかがお過ごしでしょうか。 最近はコースを読んでいないのですが、 ここの書き込みやその他のサイトなどは拝見しています。 私は、まだまだ日常のことに不安を感じている自分がいることに気づきます。 … ...</summary>
              <content type="html">
        <![CDATA[
        　皆様いかがお過ごしでしょうか。<br />最近はコースを読んでいないのですが、<br />ここの書き込みやその他のサイトなどは拝見しています。<br /><br />私は、まだまだ日常のことに不安を感じている自分がいることに気づきます。<br />…これから日本はどうなっていくんですかねぇ。<br />そして私は生き延びられるのか？と、思わず考えてしまいます。<br /><br />でも、大きな視点を持てば、その不安の出所は、<br />エゴがこの世の私というものに焦点を当てている為とわかります。<br />その辺のカラクリはさすがに自覚出来るようになりました。<br /><br />そのカラクリについて私の気づきを少し書いておきます。<br />（私は目覚めた者ではないので、勘違いかもしれませんが）<br /><br />エゴはこの世を見て不安を感じると、周りの状況を自分に都合よく操ろうとして更に苦しみます。<br />そして、あれこれやってみて、この世がそうままならないものであると気づくと、<br />今度は何か神秘的なもの、目覚めや悟りをもたらす方法を探し出そうとします。<br /><br />ですが、その「方法」が一見精神性が高く、高尚に聞こえるものであったとしても、<br />エゴから始まった探求をエゴで続けていくということは、<br />悟り・目覚めに向けて頑張っているという自己満足しかもたらしません。<br />エゴを温存したままでは、どんなに素晴らしい教えを実践しているつもりでも、<br />決して救いにはならないのです。<br />それどころか、下手をすると肥大化したエゴによる逃避と自己欺瞞に陥ってしまいます。<br /><br />それより、本当に救いに必要なのは、エゴとエゴの活動を放棄して、<br />勇気を持って自分を見ることなのです。<br />自分を直視することによって、エゴが私と思っているものを打ち壊し、<br />本当にあるものに気づくことが救いの始まりなのです。
        ]]>
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    <title type="html">自分の思い違いを訂正するだけでいい</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://tomoshibi-world.com/modules/newbb/viewtopic.php?forum=34&amp;topic_id=223&amp;post_id=2785#forumpost2785" />
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    <updated>2011-09-17T20:34:56+09:00</updated>
          <published>2011-09-17T20:34:56+09:00</published>
              <category term="ともしび茶屋"/> 
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      <name>tomo_kou</name>
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          <summary type="html"> 引用： 身体を通して快楽を探すなら、それと同時に、 苦痛をも見つけずにいることは不可能である。 この関係を理解しておくことが、 必須 なのでしゅね！ ところが、一般的にボクたちは人生というものを、 「身 ...</summary>
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        <![CDATA[
        <div class="q-h" style="clear: both;"><div class="q-m"><div class="q-t"><div class="q-b"><div class="q-lt"><div class="q-lb"><div class="q-rt"><div class="q-rb"><div class="q-l1"><blockquote style="color: #333;"><br /><div class="f1 g" style="margin: -8px 0 1em 0;">引用：</div><b>身体を通して快楽を探すなら、それと同時に、<br />苦痛をも見つけずにいることは不可能である。</b><br />&nbsp;</blockquote></div></div></div></div></div></div></div></div></div><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_kwa1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />この関係を理解しておくことが、<b>必須</b>なのでしゅね！<br /><br />ところが、一般的にボクたちは人生というものを、<br />「身体の快楽」や「危険回避」を目的に、見ているでしゅよね。<br /><br />それはどういうことかというと、<br />自分では気づかないうちに、無自覚のうちに、<br /><b>「苦痛を招きいれ、苦痛を欲している」</b>ということだ、と<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4d8676346.gif" alt="" align="absmiddle" />Oh!<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_nml1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />なぜ苦痛を招き入れることになるかといえば、その理由は簡単で、<br /><b>「身体と自分を同一視しているから」</b>ですじゃね。<br /><br />身体と自分を同一視するなら、どこかの時点で必ず苦痛を味わうことは<br />避けようがないのではないでしょうか。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_ang1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />不確かな幻想に信頼を求めたとき、<br />必ず100％裏切られる体験をすることになるのは、<br />必然でしゅよね。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_cup1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />ただ、この苦痛の体験は、<b>決して罪に対する罰でも何でもない</b>、と。<br /><br />ただの原因と結果の関係ですじゃ。<br /><br />ですから、本来は罪悪感など感じるべきではないのですが、<br />わたしたちは自分の苦痛と罪悪感を結びつけて考えてしまいがちですからね。<br /><br />「自分は失敗した、落伍した、最終的には醜く年老い、朽ち果てた、<br />従って、わたしは完璧ではない、チリと消え去る何の価値もない者だ」、と。<br /><br /><br /><div class="q-h" style="clear: both;"><div class="q-m"><div class="q-t"><div class="q-b"><div class="q-lt"><div class="q-lb"><div class="q-rt"><div class="q-rb"><div class="q-l1"><blockquote style="color: #333;"><br /><div class="f1 g" style="margin: -8px 0 1em 0;">引用：</div><b>すべての錯覚は同じ一つの苦痛を共有している、<br />快楽のように見える錯覚でさえも必ず苦痛となる。</b><br />&nbsp;</blockquote></div></div></div></div></div></div></div></div></div><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_nml1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><span class="f1 g">ふむ</span><br />錯覚に良いも悪いもなく、<br />すべての錯覚が本質的に「苦痛」でしかないのでしゅね。<br /><br />それなのに、近視眼的なボクたちは、<br />自分で勝手に良いと判断した錯覚をせっせと努力して追い求め、<br />結果、どこかで必ず苦痛を味わってるでしゅ。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_nml1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />苦痛の体験こそが、自我の継続のために必要な罪悪感を保つので、<br />苦痛には魅力があり、そのことに無自覚なうちはわたしたちはみな、<br />それに魅了されており、手放しがたいのですじゃね。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_fun1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />この隠された関係は、絶っっっ対に覚えておきたいでしゅよね。<br /><br />これはまぢ<b>必須</b>なんだってさ！<br /><br /><div class="q-h" style="clear: both;"><div class="q-m"><div class="q-t"><div class="q-b"><div class="q-lt"><div class="q-lb"><div class="q-rt"><div class="q-rb"><div class="q-l1"><blockquote style="color: #333;"><br /><div class="f1 g" style="margin: -8px 0 1em 0;">引用：</div><b>身体を通して快楽を探すなら、それと同時に、<br />苦痛をも見つけずにいることは不可能である。</b><br />&nbsp;</blockquote></div></div></div></div></div></div></div></div></div><br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_nml1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />つまり、わたしたちが苦痛を味わうときには、<br />決して身体が悪いわけではないのですじゃよ。<br /><br />単に、<b>心が思い違いをしているだけ</b>のことなのですじゃね<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4e398ff7b.gif" alt="" align="absmiddle" /><br /><br /><br />信頼できないものを信頼したり、<br />信頼できないものと自分と同一視したりするから、<br />悲しくも裏切られるのであって、<br />それで身体を責めたり非難したりするのは、<br />お門違いというものではないでしょうか<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4d75edb5e.gif" alt="" align="absmiddle" /><span class="f1 g">身体がかわいそう…</span><br /><br />ですから、身体を清潔にしたり、<br />適度な食事や運動で適切な状態に保つことは大切なことですし、<br />もし身体を憎んで闇雲に投げ捨てようなどと思うなら、<br />それも思い違いというものだと思いますが…どうかしらね。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_fun1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" />　<span class="f1 g">にゅはは！</span><br />そりゃそーでしゅね。<br /><br />それは「自己愛」とは程遠い考え方…<br />間違いなく、苦痛に魅力を感じている自我の思考体系でしゅよ。<br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/s_lov1.gif" alt="ともしび仙人" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />わたしたちは誰も罪など犯していないですじゃ。<br /><br />ただ単に、何が信頼に値するのかを誤解していただけ、でね<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4e398ff7b.gif" alt="" align="absmiddle" /><br /><br />ですから、その誤解をとき、心を訂正すれば済む、<br />じつに単純なお話ですじゃ<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil48eca1d88ad41.gif" alt="" align="absmiddle" /><br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_ang1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><span class="f1 g">うんうん</span><br />錯覚を信頼するのではなく、本当に信頼できるものとは何なのかを、<br />あらためて考え直しましょうってことでしゅね。<br /><br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/other/lamp1.gif" alt="" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><a href="http://tomoshibi-world.com/amaxoop2+article.lid+615.htm" class="tnr">A Course in Miracles</a><em class="f1">（<a href="http://tomoshibi-world.com/amaxoop2+article.lid+781.htm">奇跡のコース</a>）</em><br /><span class="tnr m">And the correction of your mistake will give you grounds for faith.</span><br /><b>従って、あなたの間違いを訂正すれば、<br />信頼に値する地盤を与えられることになる。</b><br /><br /><br /><img src="http://tomoshibi-world.com/img/icon/u_nml1.gif" alt="こうじうさぎ" align="absmiddle" style="margin-top: 1em;" /><br />錯覚を信じて、自分と錯覚を同一視している限り、<br />「本当に信頼に値するもの」は自ら横にどけていることになるでしゅ。<br /><br />今の自分とは異なる「本当に信頼に値するもの」なんて見たくない、<br />そんなの知りたくもないんだ…って。<br /><br /><br />でも、自分の苦痛は自分の思い違いのせいにすぎなかったのだと知って、<br />錯覚に信を置いたり、同一視したりするような真似はやめて、<br />心にスペースを空けておけばいいのでしゅね。<br /><br />そうすれば、かつて横にどけていた「本当に信頼に値するもの」<br />（永遠の霊としての真の自己キリスト）が入ることが可能になる…と<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4e398ff7b.gif" alt="" align="absmiddle" /><br /><br />まずは聖霊による導きと、自分の思い違いの訂正からだろうけど。<br /><br /><br />うん、本当にその通りだと思うでしゅよ<img src="http://tomoshibi-world.com/uploads/smil3dbd4e7853679.gif" alt="" align="absmiddle" />
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