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学習と実践 ともしび茶屋
(みんなで発展した!)
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| あなたは、「みんなで発展した!の部屋」の 『この世は想念の世界―与えることによって増える 1 2 ≫ 』 という話題のテーブルにやってきたよ! | ||||
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バーテンダー
この部屋では、こんなお話がされているようです。 |
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この世は想念の世界―与えることによって増える
08/10/9
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反面教師:この世は物質の世界である
08/10/9
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実在(想念)は与えることで増えるのみ
08/10/9
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霊のように、神のように喜び、創造する
08/10/9
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関連話題
08/10/9
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物事の本質であり原因―「想念」
08/11/15
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恐れを完全に放棄した心だけが「正気」といえる
08/11/16
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「自分一人」しかいないなら、犠牲は不可能
08/11/16
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コース、響くぅ
08/11/17
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笑顔は安心のメッセージ☆
08/11/17
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みんなで発展した!: この世は想念の世界―与えることによって増える 08/10/9 奇跡のコース(ACIM)思いというものは、それを誰かに与えることによって増える。 Thoughts increase by being given away. その思いを信じる者が多くなるにつれて、その思いも強くなる。 The more who believe in them the stronger they become. あらゆるものは、ことごとく想念である。 Everything is an idea. では、どうして「与えること」と「失うこと」が結びつくだろうか? How, then, can giving and losing be associated? ACIM TEXT 5 - 1 こんにちは! 聖なる神の御子たるみなさまにおかれましては、ごきげんうるわしゅう♪ いつでも完全で、何一つ誰一人欠けることなき同胞の、真実の歓喜と幸せを 嬉しく思います。 この身分が永久に変わらないことを、神に感謝したいものですじゃ♪ さて今日は、本当に幸せな真理を、みなさまとわかちあいたいと思います ![]() 本当に幸せな真理、それは―― 「与えることの幸せ」 与えることの幸せ? そう。 与えられることは幸せですじゃね♪ 与えられる自分自身であること、つまり豊かな自分自身であることほど、 幸せなことはないでしょう☆ 誰しも、「与えること」は大好きだと思います。 そうでしゅね♪ ただ、この「与えること」に、物理世界特有の誤解がついていると、 せっかくの喜びが半減…もしくは無効になってしまうことがあります。 純粋に与えることは、非常に楽しいことですじゃね☆ しかし、それに暗黙の「取引」とか「負債」とか「押し付け」の意味を もたせてしまうと、とたんに喜びが帳消し、または「重い」ものになって しまいます。 与えた方も、受け取った方も、ともに。 いえてるでしゅね〜。 その誤解ゆえに、この世界では「与えることの幸せ」が、 大きく減退してしまっています。 せっかくの幸せと喜びを、両者ともに味わえるチャンスさえ、 みすみす逃がしてしまうこともあるでしょう。 …すべては、物理世界特有の「誤解」ゆえ。 ここでは、その誤解を解いて、 「本当の与える喜び・幸せ」を回復できたらいいな♪ と思っておりますじゃ☆ よいでしゅね〜! 喜びと幸せを味わうための障害をまた一つ取り除いて、 この幻想の世界でも、ますます天国に近づくというものでしゅね! ![]() それでは、はじめましょう☆ 『この世は想念の世界―与えることによって増える』――お話ありがとう♡
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みんなで発展した!:
この世は想念の世界―与えることによって増える
まず、 「この世は想念の世界である」 ――という、絶対前提を理解していただきたいのですじゃ。 この物質世界は幻想で、実在していません。 ただ、心が夢見ているだけの影の世界。 夢の中で、物質を見たとか、聞いたとか、触ったとか、 味わったとか、匂ったとか、そういう夢を見ているだけ。 人の身体も、自分の身体も、じつはただの想念にすぎません。 この物質世界に存在するかに見える、ありとあらゆるすべてが、 じつはただの想念なのでしゅね! このあたりは、「奇跡のコース」に限らず、 精神世界や、もしくは 量子論 などを学習してらっしゃる方なら、 まったく異議なく、ご存知のことと思います。 そうでしゅね。 基本中の基本でしゅよね。 さて。 その反面教師として、「この世は物質の世界である」 という信念と、 その誤った信念が生み出す世界から観察してまいりましょう。 もし、物質的な所有物を人に与えるなら、 たしかに、その所有権は分割されることになります。 自分の持ち分が減って、人の持ち分が増えるだけで終わるわけですじゃ。 だからこそ、そこに「取引」「負債」「利益を要する貸付」などを背負わせる ことで、バランスを取っているわけですじゃね。 たとえば、商取引の場合ですと、与えた方が合法的に相手に負債を負わせ、 一定の利益を得る仕組みですじゃ。 (念のため、これは別に悪いことではないですよ) 知人同士の贈り物でも、感情的に負債がないようにプラスマイナス・ゼロに なるように、贈られた物とほぼ同価の贈り物を相手に返す「取引」になる ケースが多いですじゃね。 (わざわざこんなことを言う人はいないし、言う必要もないです) もっともイヤがられる贈り物のケースとしては、相手から欲しい物を 得るために、なかば強制的に「負債」を押し付ける類の贈り物。 これは、じつにイヤなものです… まったく贈り物ではない。 ただ、相手から強奪するために、それを正当化しようと しているだけなのですから。 そういう目論見を立てて贈り物を悪用する人は、 ものすっご 「この世は物質の世界である」 という信念を 信じているのでしょうね。 だから、当然、自分自身は満ち足りていない―― 不足しているものがいっぱいある、と信じて、恐れているのでしゅ。 だから、その恐れを解決するための方便として、 「贈り物の悪用」を利用しているわけでしゅね。 こういう「取引」「負債」「利益を要する貸付」をともなう信念が 世に行き渡っているから、人々は「純粋な贈り物の楽しさや幸せ」を ついつい忘れてしまいがちですじゃ。 とても、もったいないことです。 そうでしゅね〜。 もったいないでしゅね〜。 では次は、「この世は想念の世界である」 という信念と、 それが生み出す世界を見てまいりましょう。 『反面教師:この世は物質の世界である』――お話ありがとう♡
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みんなで発展した!:
この世は想念の世界―与えることによって増える
奇跡のコース(ACIM)思いというものは、それを誰かに与えることによって増える。 Thoughts increase by being given away. その思いを信じる者が多くなるにつれて、その思いも強くなる。 The more who believe in them the stronger they become. あらゆるものは、ことごとく想念である。 Everything is an idea. では、どうして「与えること」と「失うこと」が結びつくだろうか? How, then, can giving and losing be associated? もし、この世界が想念の世界で、 与えるものとは想念しかないのだとしたら、 与えた人のそれは、減るでしょうか? にゅははは、 減るわけがないでしゅよ〜! 想念なんだもん! 自分の想念を、全〜部与えたとしても、 自分からはなくならないですじゃよね。 与えたとたんに、記憶喪失になったりしますか? するわけないっちゅの。 むしろ、与えることで、自分の心の中で その想念は強化されるでしゅよ。 そうですじゃよね。 さらに、あなたが与えた想念を、受け取る人がしっかと 自分のものとして心に受け入れたとき… その想念は、「心」の中で強化され、増したわけですじゃ。 そうでしゅね。 「心」とは、個人個人、別々のものですか? 心は… !!! そっかあ !!! わかったでしゅよ !! ![]() そうだそうだ、「心」って、一つしかないんでしゅよね! 本当は! 心はバラバラではないのでしゅ。 全員の心はひとつながりで、おっきな心が一つあるだけなのでしゅ! ![]() あなたが与えた想念は、決してなくなりません。 与えれば与えるほど、増すのみですじゃ。 「たった一つしかない心」の中で。 「この世は想念の世界である」 ということを、 妥協なくハッキリと受け入れることができたなら、 エゴが「与えることは失うことだ」と誤って結び付けている考え方は、 きれいさっぱりすべてなくなりますじゃ。 … !! ![]() もう一度、わたしたちに喜びと幸せを取り戻す真理に、 耳を傾けてみましょう――☆ 奇跡のコース(ACIM)思いというものは、それを誰かに与えることによって増える。 Thoughts increase by being given away. その思いを信じる者が多くなるにつれて、その思いも強くなる。 The more who believe in them the stronger they become. あらゆるものは、ことごとく想念である。 Everything is an idea. では、どうして「与えること」と「失うこと」が結びつくだろうか? How, then, can giving and losing be associated? 『実在(想念)は与えることで増えるのみ』――お話ありがとう♡
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みんなで発展した!:
この世は想念の世界―与えることによって増える
目覚め(啓示・マスター)に近づけば近づくほど、幻想の世界にいながらも、 心は「霊」が従っている法則に準じて考えるようになりますじゃ。 つまり、「物の考え方・見方が霊に近づく」 ということですじゃね。 うん。 そりゃそーでしゅよね。 「マスター」って、意識が霊と一体に戻った人のことだもん。 考え方・物の見方が、霊と寸分たがわない状態… つまり、完全に純粋な喜びの状態だけになった人のことでしゅよね。 霊は、すべての心・想念そのもので境がないので、 必然的に「すべて」であり、「すべてを所有」してもいますじゃ。 霊は完全で、欠乏が一つもないので、 そもそも何かを「得る」ということが不可能ですじゃ。 霊にとってできることは、その完全性をわかちあい、ただ拡張することのみ。 これを、「創造」と呼びます。 霊の世界では、ただ「与える」ことしか意味がないのですじゃよ。 そもそも、そこには「得る」という概念が存在していません。 奇跡のコース(ACIM)霊にとっては、「得る」ことには意味がなく、 「与える」ことにのみ、すべてがある。 To spirit getting is meaningless and giving is all. 霊はあらゆるものを持っているので、与えることによって それを保ち、こうして神が創造したように創造する。 Having everything, spirit holds everything by giving it, and thus creates as the Father created. すごいでしゅ…! まだ「マスター」とは程遠い人でも、 じつはこの感覚は覚えているはずですじゃ。 たとえば、あなたが何かとても幸せを感じたとします。 映画を観て感動したのでもいい、本を読んで感動したのでもいい、 何でもいいのですが、幸せなときは、その幸せを人とわかちあいたい! という気持ちになるのではないでしょうか。 一人で味わっているよりも、人とわかちあったほうが、よりいっそう 喜びが増すという真理を、直感的に知っているからですじゃ。 たしかに…! そうでしゅよね…! 心が正常化すればするほど、人生の時間に、喜びや幸せの 割合が増えるようになります。 つまり、「霊の考え方・見方に近づく」 ということですじゃね。 「マスター」を目指す人なら、霊と同じ考え方ができるようになり、 ほんの少しの疑念や動揺さえも消滅させ、「喜びのみになる」 必要があると思うのですが、いかがでしょう。 「完全純粋に永久の喜びのみを取り戻す」という目標を前にしては、 生じては消えるこの幻想の世界のくだらない目標も夢も、色あせて しまうのではないでしょうか。 いったい、どんな幻想の目標が、真理に対抗できるというのでしょう。 うん! ますます心新たに、「マスターを目指すぞ!」という決意が 強くなったでしゅ☆ 奇跡のコース(ACIM)癒された心だけが、永続的な影響をともなう啓示を経験できる。 Only the healed mind can experience revelation with lasting effect, 啓示とは、純粋な喜びを経験することなのだから。 because revelation is an experience of pure joy. ACIM TEXT 5 - 1 『霊のように、神のように喜び、創造する』――お話ありがとう♡
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みんなで発展した!:
この世は想念の世界―与えることによって増える
「与えることによって増える」という喜ばしい真理の話題については、 こちらの話題もお楽しみくだされ ![]() なぜ「与える」と、減らずに増えるのか 「ためこむ人」と「与える人」の行く末 豊かさは与えたものに比例する「霊の物の見方・考え方に近づく」、「喜びのみになる」 そんなふうになりたいときは、この話題も役立つでしゅよ ![]() すべての人に完全の像をみる
『関連話題』――お話ありがとう♡
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みんなで発展した!:
この世は想念の世界―与えることによって増える
あらためて、物事の「本質」を見ることとしましょう。 「本質」を見て判断するときは、正気の判断だといえます。 正気の判断をしている限りは、 つねに喜びと幸せしか体験できないものですじゃ ![]() それが、いわゆる「真実の拡張」でしゅよね! しかし、「影」を見て判断するときは、必ず誤った判断とならざるをえません。 判断の根拠とするところが錯覚なのですから、判断が誤ってしまうことは 避けようがないのですじゃね。 影を見て誤った判断をすれば、遅かれ早かれ必ず苦しみを体験します。 そして、自分が苦しい体験をしているのは、自分自身が影を見て誤った判断を したからだということを認めずに、人や形や状況のせいにしたりします。 それが、「錯覚の投影」でしゅね。 投影の前には、必ず「誤った判断」と、それをした自分自身への 「自己否認」があります。 投影とは、その文字が表すとおり、「影」を投げて、影の世界を作ること。 実在しないうそっぱちの夢の世界を。 その影の世界が、一般的にボクたちが住んでいると思っている、 形ある物質世界のことなのでしゅよね。 形とは、影のこと。 形あるものはすべて結果にすぎず、非実在なのでしゅよね。 実在しているのは、原因である形のないもの―― 「想念」だけでしゅね! ところが、物質世界の常識では、形あるもののほうが実在で、 想念の方が非実在だと思われているでしゅ。 まあ、「物質世界」と呼ばれるくらいだもんね。 つまりここでは、真実と常識がまったくのアベコベに なっちゃってるのでしゅ! ![]() 笑っちゃうほど、真実とこの世界は正反対ですじゃ。 ほえほえだから、この世界では、つねに影を見て、誤った判断の連続なのでしゅよね。 延々、影を作り続けていて、その中に埋もれていて、そして苦しみや悲しみや 病や死からは逃れることができないと信じられているでしゅ。 形あるものは必ず変化して、ここには永続するものはただの一つたりとも ないから。 形こそが実在だと信じて、形こそに重要な価値や意味や目的を与えていると、 遅かれ早かれ100%苦しみや悲しみを体験することになる… それは、形あるものの喪失や死は絶対に避けられないから。 自分自身を痛めつけたいと望んでいる信念であるエゴにとっては、 形の世界こそが実在であり続けてほしいのでしゅよね。 このアベコベの信念を心が信じ続けている限り、苦しみと悲しみの体験を いつまでも続けることができるから。 ところが、形はただの結果で、ただの影にすぎず、まったく何の意味もない スカスカなものだと気づいてしまうと、どうなるのでしょうか? 変化する形などどうでもいいのだと気づいていると、形が変化したときに、 苦しみや悲しみを体験することは、できるのでしょうか…? 元から「無」だったものが、どう変化したところで、無のままでしゅ。 何の痛みも悲しみも苦しみもありえないでしゅねっ! ![]() そうですじゃ☆ 陽が射した先の影の形がどう変わろうとも、そんなものにこだわる人は いないように… そんな無意味なことよりも、誰だって原因である「本体」のほうにこそ、 関心をもつのではないでしょうか? まったくでしゅよね〜。 影なんて、どーでもいいでしゅよ。 その影を作っている本体の方にのみ興味があるでしゅ! …正常な心なら。 ここで言う本体とは、「想念」のことですじゃ。 想念が実在。 想念は不滅。 想念は永久にそのままで拡大し続けるのみ。 想念は変わることなく生き続けます。 想念だけが、確実な本体。 「身体」というのも、結局のところ、想念のただの影なのでしゅよね。 誤った想念のだけど。 だから、誤った想念を抱き続けている限り、何百回でも何千回でも 影を落とし続ける… それが、「輪廻」という幻想でしゅね。 ![]() 「この世には、ただ想念があるのみ。 形あるものは何一つとして実在していない」 ――このことを明白に理解しておくことは、狂った判断をしないためには、 大事なことですじゃ。 ![]() 「この世には、ただ想念があるのみ。 形あるものは何一つとして実在していない」 形ある物事はすべて、元となる想念を表している「影」にすぎません。 それならば、どこに注目すれば、自分にも世界にも救いをもたらせるのか、 はっきりしているはず。 少なくとも、形ある世界をいじくりまわしたり、この世界で政治的な活動を したりというのは、的外れだということが明らかでしゅよね。 そんなのは、影をいじっているだけでしゅ。 いじるべきは影ではなく、その影を作っている大元の方なのではないかな…? つまり、「想念」でしゅよ! そして、もし想念を世界に与えようと思うなら、まず自分自身がその想念を 受け入れて、所有しておく必要があります。 自分自身が持っていないものは何一つとしてわかちあうことはできないことは 明白ですじゃ。 ![]() 要するに、「まず自分自身が救いを受け入れる」、ということでしゅね☆ 自分が持っていないものは、何一つとしてわかちあうことはできないから。 想念を受け入れるためには、何をしたらよいのでしょうか…? 「想念をわかちあうこと」 でしゅねっ☆ どんな想念でも、人に教えることを通して、それを自分自身に教えているから。 もし自分が愛を得ようと思うなら、人に愛を教えるのでしゅ。 そうすることで、自分自身の中にある愛が、より明白に浮かび上がってくる… 要するに、自分自身が愛そのものであることを思い出せるから。 もし自分が平安を得ようと思うなら、人に平安を教えるのでしゅ。 そうすることで、自分自身の中にある平安が、より明白に浮かび上がってくる… 要するに、自分自身が平安そのものであることを思い出せるから。 愛を教え、愛を思い出す――ここが詳しいよ♪ そして、実際に強化された想念が形となり、身体の目に見える影として 身のまわりに現れなければ、多くの心はそれを信じないことでしょう。 しかし、逆に言うなら、身体の目で見えるまでになれば、たいていの心 なら信じることができる、ということでもありますじゃね。 想念が形になる、この体験をすることで、物事の本体とは「想念」の方であり、 形はただの影にすぎないと悟ることでしょう。 「この世には、ただ想念があるのみ。 形あるものは何一つとして実在していない」 このことを明白に悟ることは、救いの前提ですじゃ。 ぜひぜひ想念をわかちあい、多くの心でその想念を強化して、 その結果の奇跡を見て、納得していただきたいものです。 奇跡のコース(ACIM)あなたが大事にしているすべてのものを、 わかち与えるという行為によって守ろう。 そうすれば、それらを決して失うことはないと確信できる。 Protect all things you value by the act of giving them away, and you are sure that you will never lose them. こうして、自分は持っていないと思っていたものが、 自分のものだと証明される。 What you thought you did not have is thereby proven yours. ただし、その形を重視しないように。 Yet value not its form. これは、たとえあなたがどんなに安全に守ろうとしても、 時間のうちでは変化して、認識できなくなってしまうのだから。 For this will change and grow unrecognizable in time, however much you try to keep it safe. 形あるもので持続するものは何一つとしてない。 No form endures. 物事の形の奥にある想念こそが、変わることなく生き続ける。 It is the thought behind the form of things that lives unchangeable. Workbook lesson 187
『物事の本質であり原因―「想念」』――お話ありがとう♡
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みんなで発展した!:
この世は想念の世界―与えることによって増える
「与えることで、自分がそれを持っていることを証明する」 誰一人として、まず自分が持っていないものを与えることはできませんし、 与えることができるなら、間違いなくそれを持っているということですじゃね。 だから、外から何かを得ようとする必要はなくて、 「自分が持っている」という想念を思い出せばよいのでしゅね! それも、ハンパなく強く! 想念を強化するためこそに、与えるわけでしゅ。 与えれば与えるほど、「自分は持っている」という想念はハッキリ強くなるから、 ますます持つようになるわけでしゅね! 「影」を実在と信じて眠っているこの世界の常識では、 「自分が持っているものを与えると、失ったことになる」と主張しますじゃ。 それというのも、エゴの燃料である「恐れ」を持続させるために。 恐れが完全になくなると、エゴの夢であるこの影の世界は消えてしまいますから。 その反面、「想念」こそが実在だとハッキリ目覚めている真実の世界では、 「与えることで自分の持っているものはますます増える」と主張しますじゃ。 真実の世界においては何も失うことは不可能なわけですから、 決して「恐れ」が入り込む余地はありません。 恐れが完全にないとき、いったい誰が世界を祝福することを控えるでしょうか。 自分自身が祝福されていると、ハッキリ認識しているというのに。 恐れが完全にないとき、いったい誰がみんなバラバラであると信じるでしょうか。 完全な愛のうちにいるとき、みんなを愛し、すべてを結びつける思いに抵抗する などありえません。 たった一つの統一された思い――「完全な喜び」に抵抗するなど、思いつくこと すらないでしょう。 エゴとは、要するに「完全な喜び」への抵抗でしゅよね。 「完全な喜びなどあるわけがない、 つねにどこかに痛み・苦しみ・悲しみ・罪・悪などが存在しないとイヤだ」 という信念なのでしゅよ。 そう信じている間は、たとえ自分以外すべての人が完全な喜びを受け入れて 天国に入っても、その人だけは決して天国を受け入れないでしゅよね。 天国とは、強制的に入るようなものではないから。 自分が「完全な喜び」を受け入れるまでは絶対に誰も強制しないし、 逆に自分さえ「完全な喜び」を受け入れれば、まったく無抵抗で入れるでしゅ。 「完全な喜び」を受け入れるとは、 明白に「錯覚を放棄する」ということ ――ですじゃ。 なぜなら、痛み・苦しみ・悲しみ・罪・悪などが存在できるのは、 錯覚の中だけだから。 錯覚は等しく無価値だと認めることですじゃね。 別に、この世界で錯覚を楽しんではいけないと言っているわけではありません。 それは極端というもの。 ただ、「これは錯覚で無価値なんだ」と明白に理解した上で楽しむ、ということ。 まったく執着のない心で楽しむということ。 そうすれば、錯覚がどのような形に変化しようとも、 心は決して苦しみや悲しみを体験することは不可能なのですから。 永遠に平安なままですじゃ☆ 「永遠に平安」な心だけが、天国を拒みません。 100%歓喜のみの世界を拒みません。 わたしたちが戻るべき世界は、そこなのではないでしょうか? 正気な心なら、罪や悪や死が可能な世界に留まり続けたいと望むとは 思えませんが、いかがでしょうか。 自分がどこに留まるかも、けっきょく想念次第なのでしゅね。 もし天国に戻りたいなら、想念を変えるだけでよいのでしゅ♪ もっとも、無意識に生きているだけでは想念は変わらず、 むしろ過去の誤った想念をそのまま強化するだけ…。 だから、時間のうちにいる間は、意図的に想念を正常化する必要があるのでしゅ。 そのための最大の手段が、「正しい想念をわかちあう」 ということでしゅね☆ 『恐れを完全に放棄した心だけが「正気」といえる』――お話ありがとう♡
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みんなで発展した!:
この世は想念の世界―与えることによって増える
あなたが想念を与えている相手とは、誰のことでしょうか? ここには、あなたとは異なる別の存在がいるのでしょうか? この世界で信じられている「おたがいにバラバラ」という誤った信念が、 苦しみの元なのでしゅね! 苦しみをさかのぼると、いつでも必ず元となる「誤った信念」に行き着く でしゅよ。 もし苦しみや痛みや悲しみを味わうなら、明らかにそれは自分自身が 誤った信念を真実として受け入れている、という証拠でしゅね! 自分自身が。 誰か別の人や状況や環境が間違っているんじゃない… だって、すべてはあるがままで完全なのだから。 間違った信念を取り入れているのは、ほかでもない自分自身。 自分自身が勘違いして、すべてはあるがままで完全であることを受け入れず、 なんとかして世界に罪や悪や困難を見ようと試みているだけ。 苦しみってやつは、まったくいつでも一人相撲なわけでしゅよ。 要するに、ここには「自分一人」しかいない、ということでしゅね。 どんな想念であれ、与えている相手――つまり受け取っている人とは、 「自分自身」のこと。 だったら、与えて失ったり、犠牲になったりすることは絶対に不可能だ ということでしゅ。 そうですじゃね。 この話を繰り返している理由は、このことを明確に理解して、 無意味で一人相撲な「恐れ」を取り除いてほしいからですじゃ。 まったく「恐れ」とは、無意味なもの。 失ったり、犠牲になったりすることが不可能なら、 いったいどこに「恐れ」が発生したり、入り込む余地があると いうのでしょうか? 「恐れ」こそが、正常な判断をできなくさせます。 「恐れ」こそが、錯覚を支持し、ありとあらゆる苦痛を継続させます。 自分自身の「恐れ」を取り除くことがどれほど最優先すべきことか、 賢明な方なら、お気づきのことと思います。 恐れている限り、何を考えても、何を行動しても、 すべてが間違っていて、裏目に出るだけだもんね。 ほんっと、意味ないでしゅ。 恐れを少しでも感じるなら、自分が信じている信念を疑ってください。 恐れの出元は、「そこ」なのですから。 自分自身さえ誤った信念を信じていないなら、 決っっっして恐れを感じることはできません。 なぜなら、すべてはあるがままで完全なのですから。 ――「すべてはあるがままで完全だなんて認めないぞ」と、こだわる方も いるかもしれませんが、そのかたくなに不完全の実在を信じる信念こそが、 みずから恐れと苦しみを作り出しているということに気づいてください。 本来完全であるところに、自分(エゴ)勝手に間違った信念を持ち込んで、 勝手に恐れや苦痛を感じているだけなのですじゃよ。 まったく一人相撲でしゅよね〜。 恐れをまったく感じなくなったときはじめて、 本当の意味で「正気を取り戻した」と言えます。 それまでは、何を考えても、何を行動しても、 最初から歯車が狂っているのですから、一生懸命何をしようとも、 時間の無駄以外の何ものでもないのですじゃね。 「自分一人」しかいないなら、決して「失うこと」はできない。 「自分一人」しかいないなら、決して「犠牲になること」もできない。 錯覚と恐れを打ち消すことができるのは、真実という光だけですじゃ ![]() 「ここには、自分一人しかいない」 ――このことを、ハッキリと覚えておきましょう☆ 奇跡のコース(ACIM)あなたは自分自身に与えることができるだけだ ということを、決して忘れないでおこう。 Never forget you give but to yourself. 与えるということの意味を理解している人なら、 犠牲という考えなど笑い飛ばすにちがいない。 Who understands what giving means must laugh at the idea of sacrifice. また、犠牲が取るかもしれない多くの形を必ず認識できる。 Nor can he fail to recognize the many forms which sacrifice may take. 苦しみや喪失、病気や悲しみ、貧困や飢餓や死なども笑い飛ばす。 He laughs as well at pain and loss, at sickness and at grief, at poverty, starvation and at death. こうした人は、それらすべての形の裏に犠牲という一つの想念が 留まっていることに気づいており、優しく笑い飛ばし、それらを癒す。 He recognizes sacrifice remains the one idea that stands behind them all, and in his gentle laughter are they healed. Workbook lesson 187
『「自分一人」しかいないなら、犠牲は不可能』――お話ありがとう♡
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みんなで発展した!:
この世は想念の世界―与えることによって増える
ここ、感動しました! 「優しく笑い飛ばす」 まだ完璧にできる訳ではないけど、最近体験しつつあります。 「犠牲の想念のせいだから、仕方ないよね」って感じで、笑い飛ばすほどの余裕はなかったのです。 「優しく笑い飛ばす」ができたら素敵。 『コース、響くぅ』――お話ありがとう♡
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みんなで発展した!:
この世は想念の世界―与えることによって増える
まったくそうですじゃね♪
この錯覚の世界の物事を深刻にとらえることができるのは、 この錯覚の世界を現実だと固く信じているときだけですから。 ここは想念が作ったただの影の世界で、実在ではない… それを明白に悟ったなら、影の出来事など、人形劇のようなもの。 もちろん、自分自身がその「人形」そのものだと勘違いしていると、 人形の出来事に一喜一憂しますが… わたしたちは、「人形」ではない。 人形の奥にいる、天国で永遠に生きて安らいでいる「心」ですから。 それがわかればわかるほど、かつて影絵の劇の出来事に一喜一憂して いたことが、なんだかおかしくて、微笑ましくさえあるかもしれませんね♪ まさに、「恐れを感じるなら、その幻想を自分が信じてるだけ」ですじゃね♪ ![]() 目覚めて、自分自身が完全に救われている心は、 同じ心の仲間をも救いたいと思うことでしょう。 祝福されていることを知っている心は、 仲間をも祝福したいと思うことでしょう。 きっと笑顔で、 「大丈夫、安心していいんだよ」 と、優しくうながすことでしょうね ![]() そのメッセージを受け入れた心は、みずからの無意味な恐れの 想念から解放されていいんだと、ほっとすることでしょう。 そうして、みずから本来の完全な状態に復帰することを 自分自身にゆるし、癒されるわけですじゃね ![]() 自分自身の笑顔で人々に、「安心」というメッセージを伝えたいものですじゃね。 教えたメッセージが、自分自身のものとなるのですから。
『笑顔は安心のメッセージ☆』――お話ありがとう♡
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| ともしび茶屋全体で、最近更新(新着)された、おにゅ〜な話題だよ☆ | |||
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ともしびメイド
新しいお話をありがとうございま〜す☆カッコ内の数字は参加者の数で、数字のクリックで最新のお話にジャンプできますよ♪ |
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うまく学べた働けた!:
聖霊のレッスン
(10)
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仙人になった!(精神世界):
聖霊の声を聞く方法
(18)
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みんなで発展した!:
神の愛と、エゴ版の愛
(9)
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仙人になった!(精神世界):
自我(エゴ)の台本「願望と錯覚」
(17)
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心身が健康になった!:
ゆるし(赦し・宥し)
(10)
11/20
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みんなで発展した!:
この世は想念の世界―与えることによって増える
(10)
11/19
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本当の自分になった!:
自分の「解釈」のパターンに気づこう☆
(11)
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仙人になった!(精神世界):
平安を本気で望むとは―錯覚の完全放棄
(13)
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うまく学べた働けた!:
愛を教え、愛を思い出す
(2)
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心身が健康になった!:
恐れを感じるなら、その幻想を自分が信じてるだけ
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心安らいだ…:
真の自己は完全無敵・決して傷つきえない
(11)
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うまく学べた働けた!:
象徴は一時的な手段・道具として活用する
(2)
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セレブになった!:
繰り返す賽の河原と餓鬼
(2)
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仙人になった!(精神世界):
投影をやめて、拡張へ
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人間関係がうまくなった!:
すべての人に完全の像をみる
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ともしびメイド
関連本「神の使者」をご既読で、そしてコースの学習意志のある方でございます。
私が投稿・参加できるアトラクションは?よろしければ、 あなたも「奇跡のコース」をごらんになってみませんか? ともしび茶屋の話題をごらんになり、コースに関心をお持ちになったみなさまのために 「奇跡のコース」本書と その関連本を集めてみました。 本か書名をクリックすると、ともしびブックスのクチコミページへ、 「情報を見る」をクリックすると Amazon.co.jp の詳細ページへ行くことができますよ♪ |
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A Course in Miracles(奇跡のコース)
[ 情報を見る ] 「奇跡のコース」本書です。(英語) 最後の悟りの準備ができている人だけが出会い、理解することのできる、エゴと輪廻の幻想を終わらせるコース(講座)です。 1300ページを超えるコースで、ワークブック部の実践だけでも1年以上の時間が必要であり、全編の理解には一生かかるかもしれません。 真の自己である「完全な愛・一体・永遠」を受け入れるため、障害となっている偽りの自己「分離・身体・死」などの信念を取り除くことを目的としており、すべてのパラダイムを完全に逆転させます。 信念を変えることは最も簡単であると同時に、最も難しいことであるため、悟るべき時期に来ている人しか本書に関心を持つことはないと思われます。 |
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関連本編(日本語のみ) |
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神の使者 【超オススメ!】
[ 情報を見る ] 「奇跡のコース」学習者なら言わずと知れた、最高の「コース」副読本です。 コース本書よりも先に読んでもいいくらいの名著です。 まずは日本語の本からコースを学びたい方や、コース本書の理解に挫折しそうな方にもおすすめいたします。 かつてわたしたちと同じようにコースを学び、日々の赦しを実践し、無意識の罪悪感を取り除き終え、ついに神の啓示(悟り)に到達したマスターが 直接指導してくれる驚異の本です。 とくに、かつてマスター自身も体験した、コース学習者が本道から逸れてしまいがちな誘惑や陥りがちな罠、自己欺瞞についても 非常にわかりやすく訂正してくれるため、まっすぐ進むためには、これ以上なく助かるでしょう。 コース関連本はたくさんあれど、唯一正確にコースの思想を伝えています。 続編の「不死というあなたの現実」も大変感動的です。 |
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スターピープル Vol.22
[ 情報を見る ] 「奇跡のコース」誕生の経歴、関わった人々、現在 コース関係で活躍している人の情報など、コースの背景をよりいっそう深く知りたいときに役立つ本(ムック)です。 ヘレン・シュチュクマンやビル・セッドフォードのことはもちろん、ケネス・ワープニックやゲイリー・レナード、マリアン・ウィリアムソン、果てはニール・ウォルシュのインタビューまで載っていて、好事家にはたまらない魅力のつまった一冊です。 |
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愛への帰還
[ 情報を見る ] 上記「神の使者」が日本語化されるまでは 「奇跡のコース」を日本で紹介してくれる唯一の本でした。 内容的には、著者の主観でかなりコース本道からそれており、おすすめはいたしかねます。 しかし、非常にシンプルで、また著者の体験談により内容がわかりやすいため、コース入門用としては良書といえると思います。 |
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聖なる愛を求めて
[ 情報を見る ] 上記「愛への帰還」と類似点の多い本です。 「奇跡のコース」の内容を 男女の愛情関係にあてはめて活用する方向で進めており、正確なコースの思想を求める人には適切とは言いがたい本です。 しかし、「愛への帰還」同様に、コース入門用としては良いかと思われます。 |
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ゆるすということ
[ 情報を見る ] 「奇跡のコース」の最大のテーマ「ゆるし」に焦点を当てた コース学習者でも充分満足できる内容です。 コースからの引用も多々あり、コース未学習者にもやさしい本です。 しかし、いかんせんページ数が少なく、密度的には満足はできないかもしれません。 あと、コースで学ぶべき「ゆるし」とは、ほんの少し方向性がずれているような気もします。 これも、あえて言うなら「コース入門用」の本です。 |
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非関連本編(日本語のみ)非関連本編は、「奇跡のコース」について直接の言及はありませんが、コースと同じ 思想が学べる、非常に有用な本です。 じつは、こちらの方が上記「関連本編」よりも有用な本が多いです。 |
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無条件の愛 【オススメ!】
[ 情報を見る ] この本は正直、驚愕いたしました。 何がと申しますと、内容の密度、高度、わかりやすさ、すべてにおいて最高レベルのバランスが取れているからです。 それもそのはず、この本は人間の著者が書いたわけではなく、コースの「声」と同じ存在と著者が同調して書かれた いわば「チャネリング」本です。(著者は、ある誤解を避けるためにチャネリングとは呼ばれたくないようですが) コース本書、「神の使者」に次ぐ 非常にハイレベルな本であり、コース学習者ならぜひ読んでおくべき必携の書かと思われます。 |
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心身の神癒(入手困難)
[ 情報を見る ] ズバリ、現代版「山上の垂訓」です。 上記「無条件の愛」と同じく、コースの「声」がそのまま語った いわばチャネリング本です。 もともと本ではなく、講演の記録を文章化したものです。 非常にハイレベルで、密度も濃く、上級のコース学習者向けの本だと思います。 ただ、翻訳が少々前時代的なため、古い本独特の言い回しが大丈夫な方におすすめします。 |
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イェシュアの手紙
[ 情報を見る ] 著者が瞑想中にイェシュアから受け取ったメッセージを、著者の体験談と織り交ぜながら紹介しています。 イェシュアの語りは、翻訳の仕方なのかどうかはわかりませんが、まるでポエムのようなノリです(笑) とても良い本だとは思いますが、コース本書の学習者なら少々物足りなさを感じるかもしれません。 「悟りは心さえ変えれば瞬時だよ」とはいえ、その心が簡単には変えられないからこそ コースのような徹底したシステマチックな講座があるわけで、この本だけで事足りることは、まずないと思われます。 お話を聞いてくださり、ありがとう♡
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