精神世界: なぜ、救いが「恐れ」を感じさせるのか?
ともしびメイド バーテンダー
 
ガイドうさぎ
  学習と実践 ともしび茶屋仙人になった!(精神世界)  
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バーテンダー
ともしびメイド
 
バーテンダー
この部屋では、こんなお話がされているようです。
 

 

仙人になった!(精神世界)なぜ、救いが「恐れ」を感じさせるのか?  08/8/5

ともしび仙人
こんにちは♪

さて、今日は、「奇跡のコースACIM)」
初心者向けのお話をいたしましょう。

こうじうさぎ
初心者向け?

ともしび仙人
「奇跡のコース」を学ぶには、基礎がものすご〜く大事です。

なぜなら、わたしたちが身体の目で知覚している幻想の世界では、
ありとあらゆるすべてが真実とあべこべの正反対になっている
ものですから、その誤った知覚を修正することを目的とした「コース」は、
何も知らない人や初心者にとっては「恐れ」さえ感じかねないからです。

こうじうさぎ
慣れた世界がくつがえるのは、ちょっとした恐怖でしゅよね。
たとえそれがしょーもない世界であっても、そのしょーもなさに
慣れているとね。
地獄も住めば極楽って。
ねえ、キョン。

ともしび仙人?
キョンって、誰?

それはさておき、
そのまま自分をだまして地獄に居続けたいと希望されている方は、
これ以上読まないでくださいね。

じいは、あなたに恐れを与えたいわけではなく、
愛と光をもたらしたいだけなのですから。

ですから、それができないうちは、これ以上読まないでください。

ここまで来てくれて、本当にありがとう



それでは、今日は基礎中の基礎です。

非常に多くの人が誤解・早とちりして恐れている
信念の部分にペカッと光を当ててまいりましょう

こうじうさぎ
誤解、早とちりして恐れている信念?

ともしび仙人
人々は、苦しみの人生の中、ちょっとした快楽を見つけては、
ぬるま湯の中で、自分をごまかしごまかし生きていますじゃ。

そして、子どもにも同じように、自分をごまかしながら生きるように
教えたり、友だち同士で「人生ってそーゆーもんだよねー」とか同意を
形成しつつ生きています。

こうじうさぎ
なかなかストレートな表現でしゅね。

ともしび仙人
本当の救済は、「神に帰る」 ことにあります。

しかし、多くの人はそれを否定するでしょう。

なぜ否定するのでしょうか?

なぜ、みずから救われて、
もう苦痛を終わらせることに抵抗するのでしょうか?

そう、救済への抵抗。

こうじうさぎ
う〜ん、そうでしゅねぇ〜。

なんか、救われるには、大変そうなイメージがあるような
気がするでしゅね。

大変な苦行をしたり、現世の喜びを捨てたりしなくちゃ
いけないようなイメージ…というか、ねえ?

ほら、禅や仏教の修行僧とか。
むちゃくちゃ厳しい、ストイックな生活をしているでしゅよね。

あと、キリスト教でも、罪から救われるには、イエスしゃんの
苦痛という贖罪
を経てしか救われないってゆーじゃない?

なんにしても、とても禁欲的で、痛々しくて、
ちょっとカンベンって感じ(笑)

ともしび仙人
ほえほえ、そうですか。
わかりますじゃよ。

「ちょっとカンベン」と感じている人は、しょせん比較にすぎませんが、
それほど強くは「罪の信念」を信じてはいないのですじゃよ。
あくまでも、どんぐりの背比べ程度の差ですけどね。

人々は、自分に罪があると信じています。

「罪(sin)」って、形の犯罪のことではないですじゃよ?
(まあ、その罪が結果として形の犯罪にもつながるのですが)

こうじうさぎ
知ってるでしゅよ。
心の、「神からの分離観」 のことでしょ。

完全なものから離れている、
愛から離れている、
豊かさから離れている、
智恵から離れている、
永遠の生命から離れている…

とにかく、自分はだだっ広い宇宙の中に、ポツリと放り出された
個として孤立して、しかもいつか壊れて死ぬ存在だと。

この欠乏を信じる観念、これが「神からの分離観(罪悪感)」でしゅ。

この観念をもっているからこそ、人々は自分の「外側」に
愛を求め、豊かさを求め、智恵を求め、成功を求め、お金を求め、
人を求め、安全な立場を求め、権威を求め…
とにかく、欠乏している自分の生命や幸せを維持してくれると
信じているものを求め続けているのでしゅ。

この観念(つまり罪悪感)を持っていない人なんて、いないでしゅよ。

ともしび仙人
そうですじゃね。

ところが、「奇跡のコース」は、
その罪自体がそもそも存在しない
と言い切りますじゃ。

つまり、
最初から神から離れてなどいない
――と。

完全な愛から、豊かさから、智恵から、成功から、お金から、
人から、安全から、権威から、不滅の生命から…離れてなどいない。
最初から「一体」だ
――と。

だから、別に求める必要などない。
なぜなら、それらは全部自分自身として、内側にあるのですから。


これって、どちらが本当なのでしょうね?

片方が真実なら、もう片方は嘘つきということになりますじゃね?

どちらが本当のことを言っているのでしょうね?


…まあ、この答えは、あなたの自由にお任せしましょう。
じいは、答えを押し付ける気はありませんから。


救済を、苦痛の終焉をみずから拒む理由、それは、

「自分は罪がある」と固く信じているから

――なのですじゃよ。

こうじうさぎ
なんで罪を信じていたら、救済を拒むの?

ともしび仙人
自分に罪があると信じているなら、
「こんな自分が救われるには、何か代償を払わなければならない」
と、当然思いますじゃ。

無償で救われるなど、絶対に信じられない。

なので、みずから苦痛を求めるわけですじゃね。

こうじうさぎ
それが、苦行僧とか、痛々しい贖罪の解釈?

ともしび仙人
そういうことですじゃ。

別に苦行僧でなくても、無宗教の人でも、ただで
自分が救われるなんて、とても信じないでしょう。

「自分には罪がある」と信じているのですから。

こうじうさぎ
だから…みずから救済を拒むのでしゅね?
もし救済を望むなら、痛々しい過程を通らなくちゃいけない、
と信じているから。

そりゃ、嫌でしゅよね。
救済を避ける気持ち、わかるでしゅ。

ともしび仙人
そうですじゃね。
マゾでもない限り、救済などまっぴらごめん(笑)

聖霊が差し出してくれる救済への声なんて、絶対に聞きたくない。
そんなものを受け入れたら、ものすごい犠牲や苦痛を強いられちゃう!

…これが、最初に申した
「誤解、早とちりして、恐れている信念」
ですじゃよ。

ここを誤解している限り、みずから救済を受け入れる気には
とてもなれないでしょう。
恐っろしくて。

そのみずからの救済を拒む意志が、聖霊の声をかき消し、
まったく聞こえないものとしているのですじゃよ。

こうじうさぎ
そっかあ〜…
ものすごい「誤解」だったのでしゅね。

ともしび仙人
よろしいでしょうか。

「奇跡のコース」で何度も何度も何度も繰り返されるように、

「罪はない」

こうじうさぎ
罪はない!

ともしび仙人
罪(神からの分離)、そんなものは、
ただの一度も起こっていない。

ここ、絶対原則。

もし、罪はないのなら、世界中にあふれている
「罪があるかに見えるもの」は何ですか?

こうじうさぎ
錯覚…でしゅよね。

ともしび仙人
「見ようと思えば必ず見える」
それが、あなたの、神の子の力。
たとえ、それが実在していなくても。

こうじうさぎ
だから、分離は存在していないのに、見えちゃうのでしゅね!
ないなら自分で錯覚を作り出して。

ともしび仙人
あなたがたが身体の目で知覚しているものは、すべて幻覚です。
自分自身の思い込みで作り出した錯覚です。

見ようと思えば、必ず見えます。
錯覚ですけどね。

…で、その罪の錯覚、いつまで見続けていたいのかな?

ただそれだけですじゃよ。
自分自身に問うべきは。

こうじうさぎ
罪がないのなら、救済を怖がる意味がないでしゅよね。
自分を救済するのに、何の代償も必要ないのなら。

ともしび仙人
そうです。
そもそも苦しむ根拠がない。
罪がないから。

もし今何かに苦しんでいるなら、それは自分を誤解している証拠。

「自分には罪がある」、と。

こうじうさぎ
そういえば、コースで、
「罪なき心に苦しみはありえない」
と読んだことがあるでしゅよ。

ともしび仙人
罪はない。

罪など存在できない。

神は完全だから。

神とひとつながりのわたしたちも、当然完全ですじゃ。
そうでなければ、神は完全とは言えません。

完全でないように「見える」ものは、わたしたちの勝手なでっちあげ。
存在していません。

こうじうさぎ
もう嫌でしゅよね、
不完全なものを自分ででっちあげて、それを体験するのは。

たかが錯覚なのに。
バッカみたいでしゅよ。

ともしび仙人
罪はない。

どこにもね。

だから、自分ででっちあげた重荷をおろしていいですじゃよ。

無条件で幸せを選びなさい。


心が納得するまで、何千回でも、何万回でも、繰り返すことです。

冷静になって、選んでください。

苦しみを、何千回も、何万回も繰り返すよりは、
いいのではないですか…?






罪は存在しない。

あるのは完全だけ。

絶対に。




『なぜ、救いが「恐れ」を感じさせるのか?』――お話ありがとう♡


 

仙人になった!(精神世界)なぜ、救いが「恐れ」を感じさせるのか?

救いを避けたがる理由とは...  08/9/29

なぜ、救いが「恐れ」を感じさせるのか…?


それは、「罪」を実在のものだと信じているから でしゅよね。


「自分は神から離れている、
そしてこの世には不完全なことがいっぱいあって当然だ」
と信じているから。

だから、「不完全なものはありつづけるべきだ」 と、
自分自身が 望んでいるだけなのでしゅよね。


自分で、地獄の存在を当然のものとして「あってしかるべきだ」と信じ、
信じているから、錯覚を作り出してでも、それを見たいのでしゅ。


…なんとゆう無意識の信念。
なんとばかげた信念。


でも、目で見える形の世界ばかり見て、それが現実だと信じていると、
そんな「ばかげた信念」さえ、ばかじゃなく思えてくるのでしゅから、
不思議でしゅね。


そして、そんな不完全な世界においては、
救われるには「代償」を払わねばならないと信じられるでしゅ。

無条件で救われるなら、そんな世界は不完全じゃないし、
罪なんてありえないものね。


 『 ここは罪の世界。
 不完全の世界。
 苦痛や喪失や死を避けられない世界。

 こんな世界に、「無条件の愛」などあるわけがない。

 救われたいなら、いっぱい代償を支払って、苦しまなくてはならない。
 神に帰りたいなら、いっぱい代償を支払って、苦しまなくてはならない。

 同様に、お金を手に入れたり、食べ物を手に入れたり、異性を手に入れたり、
 目標をかなえたり、幸せになったり、健康になったり、人生で成功者と
 呼ばれるにも、いっぱい代償を支払って、いっぱい苦しまなくてはならない 』

――そんなふうに信じられているし、それが当然だと思われているでしゅ。


だから、若いときならともかく、要求される代償が大きいほど、
そんな努力までして救われるのはイヤだと思うのでしゅ。

「もう罪あるままでいいから、ほっといてくれ」ってね。


これが、みずから「救われたくない」と信じる最大の理由、
救われることへの恐れ でしゅよ。


退廃的で、自虐的で、だからやる気も続かない…
こんな人は、ひんぱんに病気になったり事故にあったりして自分の身体を
いじめるし、周囲にもそんな人がいっぱい見えるでしゅ。

学校や会社に行っても、おうちに帰っても、困難だらけで、
周りにもそんな人がいっぱいいるように見えるでしゅよ。

おたがいにいじめあい、「罪の存在は真実だ」と信じ込めるように、
協力し合っているのでしゅね。

…なんというあほらしい協力(笑)


すべては、誤解なのでしゅ!

最初は、『 わたしは神から離れているのかもしれない 』 という、
ほんのちいさな疑念にすぎなかったのでしゅよね。

最初のちいさな疑念の種が、ちょっとずつちょっとずつ、
その疑念を証明しようとして、それにふさわしい世界を見せ、
ちょっとずつちょっとずつ、疑念を真実だと思えるように
なっていったでしゅ。

雪だるま式に、疑念が大きくなっていき、
気づけば、疑念こそが真実の地位に取って代わって、
真実の方がまったく見えなくなっていたわけでしゅ。


こうなってしまうと、真実の方を見たり信じたりするのは
ほとんど不可能になっているでしゅ。
だって、世界を見回すと、罪や苦痛や不完全しか見えないのだから。


この誤った信念が映し出す世界に逆らって、目に見えるものを信じず、
愛と完全のみを信じる意志を貫くには、相当な信念と意志の強さが
必要なのでしゅね。

だから、何かあるたびに、何にもなくても、
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

「罪はない」

――と言い続けることが大切なのでしゅ。

「罪はない」

どうして罪がありえないのか、はっきりくっきり、何度でも認識し直す
必要があるわけでしゅ。


長い長い時間をかけて誤って作ってしまった「偽りの雪だるま」は、
とても頑丈にできているように、いっけん見えるでしゅ。

でも、本当はどれほどもろいものか、そのことをハッキリと認識することが
解体のはじまりでしゅよね。

「頑丈だ」と信じているから、頑丈なのでしゅ。

だから、「偽りはもろい」と真実を取り込むことで、
ちょっとずつ「偽りの雪だるま」を解体していくでしゅよ。


――今、ボクがこういうことを話しているのだって、
自分自身が話すことで、「偽りの雪だるま」を解体しているわけでしゅ。

自分自身が話すことは、自分自身がまっさきに信じるからね。


くだらないことやエゴが喜びそうなことを口にするのは、もうやめよう!

それは、何かを話す前に、自分自身の「感情」でわかるものでしゅ。
ちょっとでも暗い気持ちが横切るなら、ちゃんと自分の心が親切に
警告してくれているのでしゅよ。

『 それを話すことは、ありもしないくだらない疑念を
自分自身に信じさせることになるよ。本当にいいの? 』
…ってね。

「暗い感情」は、外側の人や出来事のせいで起こっているわけではないのでしゅ。
自分自身の「解釈の仕方」が誤っているよ、という警告でしゅ。

だから、自分の感情を、他人や出来事のせいにするのは大誤りでしゅ。
自分自身の「解釈の仕方」!


偽りを信じることで、神の世界を見えなくするのは、もうやめよう!
ばかげた錯覚の世界を自分勝手につくって、その中で延々グルグル回るのは、
もうやめよう!
囚われのハムスターじゃあるまいし。


「偽りの雪だるまは解体しちゃおう!」と決意している方は、
ボクたちに続いてね☆




罪はない
あるのは完全だけ


『救いを避けたがる理由とは...』――お話ありがとう♡


 

仙人になった!(精神世界)なぜ、救いが「恐れ」を感じさせるのか?

目覚めて、微笑みとともに世界を歩く  08/9/29

ともしび仙人
救いは、各人の「心」でのみ起きるもの。

それ以外の方法はありません。

他人に、あなたに代わって心を変えてもらうことはできないのですから。

悪夢を見ている人に代わって、目覚めてあげることはできないようなもの
ですじゃね。

目覚めるのは、各人自分自身でなければなりません。

こうじうさぎ
そうでしゅよね♪

ともしび仙人
悪夢から目を覚ましたら、どのようになるのでしょうか…?

すぐさま悟って、この世界から消えるわけではありません。

しかし、この世界にまだ身体があるように思えても、
まったく別の生き方として、あなたは歩むようになることは
間違いないことです。


奇跡のコース(ACIM)
この世界にいるように見えても、ここではない生き方がある。
There is a way of living in the world that is not here, although it seems to be.

あなたの外観は変わらないが、以前よりもたびたび微笑む。
You do not change appearance, though you smile more frequently.

眉間は穏やかで、両目は平安だ。
Your forehead is serene; your eyes are quiet.


こうじうさぎ
一見、外観は変わっていないのでしゅよね。
でも、「心」が変わってる。

だから、同じ世界を歩いているように見えても、
じつはまったく別の世界を歩いてる。

その目に映り、体験する世界は、明らかに以前と違う…
とても平和な世界でしゅ

変わったのは、外側のほうじゃない。
自分自身のほうなのでしゅよね。

ともしび仙人
むしろ、それしか外側を変える方法はないのですじゃ。

なぜなら、外側とは実在しない幻ですから。
外側とは、自分の心が、その信念を投影した世界ですからね。

こうじうさぎ
自分の「解釈の仕方(物の見方)」を変えることでのみ、
外側の世界を変えることもできるのでしゅよね!

だって、外側の世界は存在していないから♪

「これが自分自身だ」と勘違いしてた身体だって、本当は存在していないし。

全部、自分の信念を体験するために、勝手にでっちあげた錯覚の舞台と、
登場人物でしゅよね。
(だから、罪があると信じている間は、病気になったり事故にあったり、
その信念を具象化してヴァーチャル体験することができるわけでしゅ)

ともしび仙人
あなたが目覚めれば、世界が変わります。
人々も変わります。

錯覚の世界の中心であるあなたが変われば、世界は変わらざるを得ません。
変わらないことは不可能。

言ってみれば、映写機のフィルムが変わったのに、投影されるスクリーンの
内容だけ変わらないのは不可能だということですじゃ。


奇跡のコース(ACIM)
そして、あなたのように世界を歩いている者は、その同胞に気づく。
And the ones who walk the world as you do recognize their own.

しかも、いまだその生き方を知覚していないない者も、あなたに気づき、
あなたを自分に似ていると信じる…あなたも以前そうであったように。

Yet those who have not yet perceived the way will recognize you also,
and believe that you are like them, as you were before.



ともしび仙人
どんな人でも、少なくても人生で一度は、目覚めかけている人や
目覚めようとしている人と出会います。

どんな人でも、錯覚の世界では避けられない喪失性や
苦痛や死を体験しない人はいませんからね。

この世界への疑問(適切な否認)を心が抱いたとき、
同じような、目覚めの過程にある同胞を見つけます。


そして彼らから学び、あなたも目覚めれば目覚めるほど、
かつてあなたが導かれたように、今度はあなたが見つけられるでしょう。

そして、同胞の目覚めへ貢献することになります。


もともと、心は一つしかないですからね。
心のすべての側面が調和して、協力し合っているのは当然なのですじゃよ。

こうじうさぎ
「助け合い」だけでなくて、「いじめ合い」でも、でしゅね(笑)

いじめっ子といじめられっ子は、調和して、
「罪はある」という信念の具象化に協力し合っているわけでしゅ。

その願いの善し悪しは問わず、心は一つだから、
きっちりと協力し合って体験できるようにできているのでしゅよね。
同じ信念や願いを抱いている心の側面同士が、引き合うわけでしゅ。

ともしび仙人
そんな負の「協同」が好きですか?

こうじうさぎ
いや、
ボクは、目覚めの「協同」が好き♪

ともしび仙人
救われるのは、とても簡単。

ただ、本人が本当に、偽りを捨てる気になっているか、
それだけですじゃね。

この錯覚の世界に、何か「本当のもの」があると信じているうちは、
この世界を置いて、その先へ…真実へ進む気にはなれないでしょう。

まるで、真実に達するには何か犠牲や代償が必要だと思えるのですから。

それはさぞ怖いことでしょう。
無意識のうちに、真実に対して抵抗してしまっても不思議はありません。


このテーブルでは、ときおり、この「真実に対する誤解」を解くことに
注力してみましょう。

誤解を解くためのお話をわかちあってくださることも大歓迎です。

いつでも、ご協力をよろしくお願いいたします。
『目覚めて、微笑みとともに世界を歩く』――お話ありがとう♡


 

仙人になった!(精神世界)なぜ、救いが「恐れ」を感じさせるのか?

この世界は錯覚である。  08/9/30

ともしび仙人
残念ながら、まだわたしたちはみな、「罪はある」と、信じています。

「罪はある」と信じることを、みじんの疑いもなく放棄することができたなら、
もうこの錯覚の世界に留まることも、再びやってくることもないでしょう。

正気で判断できるようになったなら、この世界の相対的なヌカ喜びではなく、
取り上げられることのない永続する絶対的な歓喜のほうを選ぶのは、
いたって当然ではないでしょうか。


奇跡のコース(ACIM)
この世界は錯覚である。
The world is an illusion.

そこに来ることを選ぶ者は、自分が錯覚になれる場所を求め、
自分自身の真実の姿を避けている。

Those who choose to come to it are seeking for a place where they can be illusions,
and avoid their own reality.



ともしび仙人
自分自身が、どれほど驚異的な神聖さ、歓喜、そして
完全なる無辜であるか、それを受け入れたくないのですじゃよ。
この錯覚の世界にやってくる人は、すべて。
(じい自身も含めてね。だから学んでいます)

こうじうさぎ
真実に対する誤解の恐れのため…でしゅね?


奇跡のコース(ACIM)
この世界は錯覚である。
The world is an illusion.


ともしび仙人
しかし、真実の言葉を何度見ようと、聞こうと、
多くの人は、この世界を錯覚とは信じたくないでしょう。

なぜか…?

もちろん、それは「エゴの策略」に見事ハマっているからですじゃね。

エゴの力や賢さをなめたらいかんですじゃよ。
エゴは、わたしたち自身、つまり神の御子自身の創造力を不適切に使って
いるというだけで、その力は本来のわたしたちの力そのままなのですから、
ものすごく強力です。
(ただし、どんなに強力な創造でも「偽り」である時点で錯覚なのですけどね)


エゴは、世界とはこの物質世界しかなく、この物質世界を離れることは、
「死」だと思わせています。(もちろん、本当は逆)
それは、エゴ自身が生きるには、錯覚の中しか生存は不可能だからです。


真実の中には、真実しかない。
わずかの偽りでも、真実には入り込めません。

ほんのわずかでも偽りがあるなら、
それは「真実」という意味が通らないでしょう。
矛盾しているのですから。


そして、本当の現実には、「真実しかない」。

つまり本当の現実には、偽りはほんのわずかすら存在していない、
ということです。


しかし、それでも多くの人は、この世界を現実だと信じていますし、
「コース」を学んでいる人でも初心者は、「この世界は錯覚だ」と
完全に認めきることは困難かもしれません。

ついつい、古い考え方の習慣に従って、過去に信じていた
偽りの宝を、後生大事にしてしまうかもしれませんね。

その執着心が、錯覚の世界を みずから ギュッとつかんで
離さないわけですじゃね。


ですから、その「誤解」を解く重要性は、何度強調しても、
繰り返しても、多すぎるということはありません。
むしろ、まだ全然足りないくらいですじゃ。

(だからこそ、こういう話題はコース学習者全員で取り組んで、
何度でも何度でも、誤解を解いていきたいと望んでいます)

このことを本当に理解・納得できたなら…正気を取り戻したなら、
残酷な錯覚の世界に留まることなど、決して選んではいないでしょう。


奇跡のコース(ACIM)
この世界は錯覚である。
The world is an illusion.


ともしび仙人
「この世界は錯覚である」

このことを、よ〜く覚えておいてください。

しかし、「この世界は錯覚である」 ということを
ハッキリと認識していないと…


奇跡のコース(ACIM)
もし真実が、その人たちにこの世界を放棄することを要求したなら、
まるで何か本当であるものを犠牲にするよう頼まれているように
思えるだろう。

If truth demanded they give up the world,
it would appear to them as if it asked the sacrifice of something that is real.



ともしび仙人
そう。
この世界を錯覚だと認識せず、現実だと信じているなら、
「この世界を捨てなさい」と言われたら、さぞかしイヤでしょう?

大事なものを捨てなさいと言われているように聞こえるはずです。


そんな思いを抱いたままで、この世界を捨てるなら、
そんなものはただの犠牲、喪失でしかないでしょう。

犠牲とか喪失といった概念は、錯覚の世界にしか存在しないもの。

真実の世界では、何かを失うことなど不可能なのですから。


奇跡のコース(ACIM)
この世界が現実だと信じたままで、
この世界を放棄することを選んだ人も大勢いる。

Many have chosen to renounce the world while still believing its reality.

それでは喪失感に苛まれ、したがって解放されてはいない。
And they have suffered from a sense of loss, and have not been released accordingly.


こうじうさぎ
この世界が現実だと信じたままで、この世界を放棄しようとしている人たち…
言っちゃ悪いけど、犠牲や苦行を求める種の宗教や哲学の信者とかかな。

だから、彼らの表情は、な〜んか暗いのでしゅよね〜。
強がっていても、心の底では喪失感に苛まされているからなのでしょうね。


奇跡のコース(ACIM)
あなたの外観は変わらないが、以前よりもたびたび微笑む。
You do not change appearance, though you smile more frequently.

眉間は穏やかで、両目は平安だ。
Your forehead is serene; your eyes are quiet.


こうじうさぎ
――彼らは、この感じとは、まったくの正反対でしゅよ。

(でも、真実への探究心は敬愛に値するし、自分の心を偽らず真摯に
探求し続けるなら、いつか必ず「この世界は錯覚である」がわかるときが
くるでしょうね☆)

ともしび仙人
では、そんな宗教や哲学は間違っていて、そんなものは捨てて、
この世界の目に見える誘惑(物質、金銭、快楽至上主義など)に
乗りまくっていれば、それが正解なのでしょうか…?

この世界を現実だと信じ、この世界に執着する者のなれのはては、こう…


奇跡のコース(ACIM)
他方では、この世界だけを選んで、いっそう深い喪失感に
苦しめられている人々もいるが、そのことは理解されていない。

Others have chosen nothing but the world, and they have suffered
from a sense of loss still deeper, which they did not understand.



ともしび仙人
物質は変化して、消え去る…
金銭も、消え去る…
快楽も、そんなものがあったのかすらわからない
記憶のかなたへ消え去る…

どんなに執着しても、どんなに繁栄しても、
そんなものは最初からなかったがごとく、変化し、
無に消え去る…。

この世界は、変化することが宿命ですじゃ。
時間が流れていますからね。

この世界は、100%「喪失性」をともなっています。

このことに、いったい誰が反論できるでしょうか。

この世界の法則に従っている限り、一人残らず100%、
悲しんだり苦痛を味わうことになります。


しかし――


奇跡のコース(ACIM)
こうした二つの道の間に、
あらゆる種類の喪失から抜け出せる、もう一つの道がある。
犠牲や欠乏をすばやく後にすることになる道が。

Between these paths there is another road that leads away from loss of every kind,
for sacrifice and deprivation both are quickly left behind.


今や、この道があなたに約束されている。
This is the way appointed for you now.


ともしび仙人
よろしいでしょうか。
「奇跡のコース」は、『 この世界を捨てろ 』 とも
『 この世界に執着しろ 』 とも言っていません。

その間にある道――

この世界は錯覚である

――と言っているのですじゃよ。

この世界の特性である「喪失性」を放棄する道があるよ、
と教えてくれているわけですじゃ。

こうじうさぎ
つまるところ、
何も失うことのできない「実在性」を選べる
ということでしゅね!

ともしび仙人
「実在性」を選ぶためにこそ、
『 この世界は錯覚である 』 ということを
明確に理解しておく必要があります。

そうでなければ、どっちの道に行っても、
喪失性からは逃れられないのですから。

こうじうさぎ
うんうん。

ともしび仙人
この世界は錯覚であって、喪失を宿命付けられていますじゃ。
この世界に留まる限り、誰一人として、その宿命を逃れることはできません。

お金持ちになりたいとか、無駄な願望をのたまっている人は、
そうなればこの世界の宿命から逃れられるとか、恐れから逃れられると、
勘違いしているだけなのですじゃよ。

この世界が現実だと信じ、実際に現実にしている間は、
どんな状態になっても、絶対に、誰一人として、
喪失から逃れることはできません。
この世界の内側から時間を止めることなど不可能なのですから。

こうじうさぎ
…でしゅね。

ケージの中で一生懸命走り回って、どこかゴールにたどり着けると
勘違いしているハムスターのようなものでしゅ。

ともしび仙人
この世界は錯覚であって、喪失を宿命付けられていますじゃ。

そんな絶対100%悲劇が上演されるとわかっている舞台を越えて、
歓喜しか上演されない舞台へ移行することは、はたして「犠牲」と
いえるのでしょうか?


奇跡のコース(ACIM)
それは身の代金を必要とする解放ではない。
何の代償も必要とせず、ただ得するだけである。

It is not a ransom with a price.
There is no cost, but only gain.



ともしび仙人
「何の代償も必要とせず、ただ得するだけ」 ということが、
罪の実在を信じている人々には理解できません。
彼らが目で見て信じている法則とは、まったく相容れないものですから。

またむしろ、理解したくないのですじゃよ、
それを受け入れれば、エゴが生存できませんからね。


しかし、わたしたちの本当の姿は、エゴではない。
エゴと一体になる必要など、まったくない。

分離と喪失と苦痛の源と一体でありつづける必要など、まったくない。


奇跡のコース(ACIM)
錯覚が、神聖な神の御子を鎖につないでいるように見えるだけにすぎない。
Illusion can but seem to hold in chains the holy Son of God.

ただ、錯覚から救われるにすぎない。
It is but from illusions he is saved.

錯覚が後ろに下がれば、神の御子は再び自分自身を見いだす。
As they step back, he finds himself again.


こうじうさぎ
『 錯覚よ、下がれ 』 って言葉は、
某B書にもJの言葉として出てくるでしゅね。
そして、狂気にとりつかれていた人は、正気を取り戻したでしゅ。

それは単に、その人が自分自身の「本当の姿」を思い出しただけ
のことなのでしゅね!

ともしび仙人
わたしたちは、「神の御子」です。

どんなにこの真実に抵抗したくても、
抵抗したいあまり錯覚を作り出しても、
真実は変わらない。

永遠不変だからこそ、真実。
永久に信頼できるからこそ、真実。


この世界とは、異なります。


わたしたちは、「神の御子」。

一人残らずね。

生命あるもの全員合わせて、「神の御子」。

完全に統一されています。
別々の意志(エゴ)など、あるわけがない。


生命も、たった一つ。

生命とは神で、生命あるところ、すべて神がいます。

生命とは、神のわかちあい。


生命あるところ、100%、神聖さがあります。

生命あるものは、まったく神自身と同様に神聖。

だから、生命あるものに、罪は不可能。

こうじうさぎ
生命あるものに、罪は不可能…!

エゴの錯覚を信じない限り、
ボクたちは全員、神自身と同様に完璧に神聖!

ともしび仙人
何度でも、繰り返しましょう…

心に届くまで。

信念が変わるまで。




罪は存在しない。
あるのは完全だけ。
絶対に。


『この世界は錯覚である。』――お話ありがとう♡

ガイドうさぎ
アクション
   
 
  ともしび茶屋全体で、最近更新(新着)された、おにゅ〜な話題だよ☆  

ともしびメイド
ガイドうさぎ
ガイドうさぎ
 
ともしびメイド
新しいお話をありがとうございま〜す☆
カッコ内の数字は参加者の数で、数字のクリックで最新のお話にジャンプできますよ♪
 


ともしびメイド
 
  ともしびメイド

奇跡のコース(ACIM)関連書籍のご案内

このともしび茶屋にて、投稿でご参加いただけるのは、「奇跡のコース」本書か、
関連本「神の使者」をご既読で、そしてコースの学習意志のある方でございます。
私が投稿・参加できるアトラクションは?

よろしければ、 あなたも「奇跡のコース」をごらんになってみませんか?

ともしび茶屋の話題をごらんになり、コースに関心をお持ちになったみなさまのために
奇跡のコース」本書と その関連本を集めてみました。

本か書名をクリックすると、ともしびブックスのクチコミページへ、
「情報を見る」をクリックすると Amazon.co.jp の詳細ページへ行くことができますよ♪

 
奇跡のコース A Course in Miracles(奇跡のコース)  [ 情報を見る ]
奇跡のコース」本書です。(英語)
最後の悟りの準備ができている人だけが出会い、理解することのできる、エゴと輪廻の幻想を終わらせるコース(講座)です。
1300ページを超えるコースで、ワークブック部の実践だけでも1年以上の時間が必要であり、全編の理解には一生かかるかもしれません。
真の自己である「完全な愛・一体・永遠」を受け入れるため、障害となっている偽りの自己「分離・身体・死」などの信念を取り除くことを目的としており、すべてのパラダイムを完全に逆転させます。
信念を変えることは最も簡単であると同時に、最も難しいことであるため、悟るべき時期に来ている人しか本書に関心を持つことはないと思われます。
関連本編(日本語のみ)

神の使者 神の使者 【超オススメ!】  [ 情報を見る ]
奇跡のコース」学習者なら言わずと知れた、最高の「コース」副読本です。
コース本書よりも先に読んでもいいくらいの名著です。
まずは日本語の本からコースを学びたい方や、コース本書の理解に挫折しそうな方にもおすすめいたします。
かつてわたしたちと同じようにコースを学び、日々の赦しを実践し、無意識の罪悪感を取り除き終え、ついに神の啓示(悟り)に到達したマスターが 直接指導してくれる驚異の本です。
とくに、かつてマスター自身も体験した、コース学習者が本道から逸れてしまいがちな誘惑や陥りがちな罠、自己欺瞞についても 非常にわかりやすく訂正してくれるため、まっすぐ進むためには、これ以上なく助かるでしょう。
コース関連本はたくさんあれど、唯一正確にコースの思想を伝えています。
続編の「不死というあなたの現実」も大変感動的です。
スターピープル スターピープル Vol.22  [ 情報を見る ]
奇跡のコース」誕生の経歴、関わった人々、現在 コース関係で活躍している人の情報など、コースの背景をよりいっそう深く知りたいときに役立つ本(ムック)です。
ヘレン・シュチュクマンやビル・セッドフォードのことはもちろん、ケネス・ワープニックやゲイリー・レナード、マリアン・ウィリアムソン、果てはニール・ウォルシュのインタビューまで載っていて、好事家にはたまらない魅力のつまった一冊です。
愛への帰還 愛への帰還  [ 情報を見る ]
上記「神の使者」が日本語化されるまでは 「奇跡のコース」を日本で紹介してくれる唯一の本でした。
内容的には、著者の主観でかなりコース本道からそれており、おすすめはいたしかねます。
しかし、非常にシンプルで、また著者の体験談により内容がわかりやすいため、コース入門用としては良書といえると思います。
聖なる愛を求めて 聖なる愛を求めて  [ 情報を見る ]
上記「愛への帰還」と類似点の多い本です。
奇跡のコース」の内容を 男女の愛情関係にあてはめて活用する方向で進めており、正確なコースの思想を求める人には適切とは言いがたい本です。
しかし、「愛への帰還」同様に、コース入門用としては良いかと思われます。
ゆるすということ ゆるすということ  [ 情報を見る ]
奇跡のコース」の最大のテーマ「ゆるし」に焦点を当てた コース学習者でも充分満足できる内容です。
コースからの引用も多々あり、コース未学習者にもやさしい本です。
しかし、いかんせんページ数が少なく、密度的には満足はできないかもしれません。
あと、コースで学ぶべき「ゆるし」とは、ほんの少し方向性がずれているような気もします。
これも、あえて言うなら「コース入門用」の本です。
非関連本編(日本語のみ)

非関連本編は、「奇跡のコース」について直接の言及はありませんが、コースと同じ
思想が学べる、非常に有用な本です。
じつは、こちらの方が上記「関連本編」よりも有用な本が多いです。

無条件の愛 無条件の愛 【オススメ!】  [ 情報を見る ]
この本は正直、驚愕いたしました。
何がと申しますと、内容の密度、高度、わかりやすさ、すべてにおいて最高レベルのバランスが取れているからです。
それもそのはず、この本は人間の著者が書いたわけではなく、コースの「声」と同じ存在と著者が同調して書かれた いわば「チャネリング」本です。(著者は、ある誤解を避けるためにチャネリングとは呼ばれたくないようですが)
コース本書、「神の使者」に次ぐ 非常にハイレベルな本であり、コース学習者ならぜひ読んでおくべき必携の書かと思われます。
心身の神癒 心身の神癒(入手困難)  [ 情報を見る ]
ズバリ、現代版「山上の垂訓」です。
上記「無条件の愛」と同じく、コースの「声」がそのまま語った いわばチャネリング本です。
もともと本ではなく、講演の記録を文章化したものです。
非常にハイレベルで、密度も濃く、上級のコース学習者向けの本だと思います。
ただ、翻訳が少々前時代的なため、古い本独特の言い回しが大丈夫な方におすすめします。
イェシュアの手紙 イェシュアの手紙  [ 情報を見る ]
著者が瞑想中にイェシュアから受け取ったメッセージを、著者の体験談と織り交ぜながら紹介しています。
イェシュアの語りは、翻訳の仕方なのかどうかはわかりませんが、まるでポエムのようなノリです(笑)
とても良い本だとは思いますが、コース本書の学習者なら少々物足りなさを感じるかもしれません。
「悟りは心さえ変えれば瞬時だよ」とはいえ、その心が簡単には変えられないからこそ コースのような徹底したシステマチックな講座があるわけで、この本だけで事足りることは、まずないと思われます。
お話を聞いてくださり、ありがとう♡


 
 
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