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学習と実践 ともしび茶屋
(人間関係がうまくなった!)
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| あなたは、「人間関係がうまくなった!の部屋」の 『すべての人に完全の像をみる 1 2 3 ≫ 』 という話題のテーブルにやってきたよ! | ||||
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バーテンダー
この部屋では、こんなお話がされているようです。 |
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すべての人に完全の像をみる
07/6/7
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私も一緒に感謝です♪
07/6/7
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Re: 私も一緒に感謝です♪
07/6/8
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レッテル貼りは、自分自身の投影
07/6/10
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完全を見る必須要素「身体(人間)は実在しない!」
08/7/27
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強さを自覚しているものだけが完全を見る
08/7/27
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決め手は、「太陽としての自覚」
08/7/28
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光(洞察力)をわが物にする唯一の方法
08/10/1
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擬似的平和を経て、天国へ
08/10/1
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過去に戻って
08/10/1
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人間関係がうまくなった!: すべての人に完全の像をみる 07/6/7 すばらしい…! いつも、ともしびワールドにいらしてくださるすべての同胞に 心より感謝を☆(^人^) おかげさまで、またひとつ、またひとつと、学びを得ております。 すべての人の環境にあらわれるものは、すべてその本人の学びの過程において、 つねに完璧、つねにそのときの最適ですじゃね〜(*´▽`) まさに、「今」「ここ」 だけにいればいい♪ 「今」「ここ」 にのみ、つねに最適なものが100%用意されていて、 どこか遠いところに行く必要はないのですから… なんてすばらしい安心の境地でしょう☆ ありがたや、ありがたや…(^人^) え〜と、じいじは、いったい何のことをお話しているのでしゅか? すべての人に 「完全の像をみる」 ということについて(*´▽`)ノ またひとつ、心の内側で勉強させていただきました☆ ほうほう。 すべての人に「完全の像をみる」…とは? 「完全の像をみる」の反対は、何だと思いますか? 「完全の像をみる」、の反対…… 「評価・判断する」、ですじゃ。 ほほう? 簡単に言うと、その対象とした人に、「レッテルを貼る」 ということですじゃね。 おお〜、なるほろ。 つまり、「この人は、これこれこうだ」と決め付けてしまう、 ということでしゅね。 そうそう。 ともしびワールドではよく使う単語 「意味づけ」 と同じですじゃ。 うん。 その人の表面にあらわれているものだけを見て、 「この人は、これこれこうだ」と決め付けてしまうと、 その人の本質はそうではなくても、決め付けた人の前には、 決め付けたレッテルがあらわれますじゃ。 もうちっと具体的にお話してもらえると、わかりやすいでしゅ。 そうですじゃね〜…。 じい自身もまだ成長中ですから、 すべての人に「完全の像」を見れていないときがありますじゃ。 そうでしゅね。 ふと、その体験を思い出したのですじゃね! 何年も前から思い出せることなのですが… たとえば、ふだんからネガティブな発言が多い方に、 「この人はネガティブな傾向が強い人だ」 と心でレッテルを貼ってしまうと、自然とじいから出る言葉も、 そのレッテルを裏付けようとするものになりますじゃ。 うんうん。 人は、真実を見ているのではなく、 自分が見たいと思っているものを見ているでしゅものね〜。 何度も申しますが、すべての出来事に最初からの定まった意味などはありません。 完全に中立で、無意味。 その本来無意味なものに、意味(レッテル)を与えることで、 その与えた意味が自分の体験に返ってきます。 うん。 じいから出た意味づけの言葉が、その人を定義して、 その人から返ってくる体験を創りだしているのですじゃね。 ほうほう? 「この人はネガティブな傾向が強い人だ」と思い、そのような思考が心にあると、 本当にその人からはネガティブな傾向が強い体験が返ってきます。 本質的には、中立で、無意味で、完全であるにも関わらず。 うん。 そこで反省して、一見したときに「この人はネガティブな傾向が強い人だ」 と思えそうになっても、そこに心を留めないことも可能ですじゃ。 本質的には、すべては中立で、無意味で、完全であることを理解していれば。 表面にあらわれている出来事にとらわれず、 その奥の本質「完全性」を見る ――のですじゃね。 ここがポイントね♪ そうすると、あら不思議、 一見したときは「この人はネガティブな傾向が強い人だ」と思えたくせに、 その表面を信じず、奥の完全性を信じたものだから、 じいの体験に返って来たものは、その人の完全性を裏づけるものになった…☆ おおお〜! そう、同一人物からでも、自分が「心で与える意味づけ」次第で、 まったく正反対の体験すら返って来るのですじゃよ! じゃあ…もしかして、 『 わたしが出会う人にはロクなのがいない〜 』 ってゆってる人は、本当はロクな人がいないのではなく、 自分が「この人はロクな人じゅない」と決めつけていたから…!? そのとおりですじゃね(*´▽`)b ロクでもなかったのは、じつは相手ではなく、 相手に与えた「意味づけ(レッテル)」でした。 ロクでもないのは、自分自身のほうだったのでしゅね〜。 本人が、もし相手に肯定的な意味づけを与えていたら… つまり、表面に見えるものではなく、その奥の本質「完全性」を見つめていたら… 返って来るのは「完全性」を裏づけるような体験でしょうね。 なるほろ。 他人は外側にはいません。 すべての人は、心の内側にいます。 自分が心の内側につくった像が、外側に反映され、自分の目に映ります…。 ですから、他人に意識を向ける必要は、まったくありません。 自分自身の心を、真摯に観察すればいい… 『 わたしは、心の内に、どんな像をつくっているのかな…? 』 心につくったとおりの像が、目に映りますじゃ。 たしかに…、そうなんだろうな〜…。 うん、わかるでしゅよ。 そして、像の基本となるイメージは、 「自分自身の像(セルフイメージ)」ですじゃ。 せるふいめーじ…? たとえば、自分自身を「愛にあふれた肯定的な光である」と意味づけている なら、その像が基本となり、相手にも投影されるでしょう。 もしくは、自分自身を「奪い合いの世界に生きる卑小な人間」と意味づけて いるなら、その像が基本となり、相手にも投影されるでしょう。 本当の相手は、中立で、無意味で、完全であるにも関わらず。 ということは、「完全性をみる」というのは、 まず最初に自分自身にみなくちゃいけない のでしゅね!! 自分自身の内にないものを、外に見ることはできません…。 ですから、まずは、「トラスト・ユアセルフ」 ですじゃよ(*´▽`)b ともしびは外にあるのではなく、 「自分自身がともしびである 」ことを信じることですじゃ☆なるほどね…。 勉強になりますじゃ…♪ わが心の投影としてあらわれるすべての同胞に、 心より心より感謝を!!!(^人^) みなさま、すべてが、おたがいに「ともしび」ですじゃ… ![]() ![]() ★関連話題 『すべての人に完全の像をみる』――お話ありがとう♡
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人間関係がうまくなった!:
すべての人に完全の像をみる
レッテル貼り、、、、
無意識で、私もやりそーになってた!! そこを、ともしび仙人さまの行動から、 ん〜・・・・そうか、 人を「こういう人だ」って決め付けないで見る! 相手を常に尊重するのにゃ。みんな、完璧なのだから☆ミ と、思い出してハタと冷静になったりと。教えて貰ってるひなたです。 いつもとっても感謝なのです♪
そうですよねえ。自分が与えた、意味づけで、見てる・・
ああああ。なるほど。ぽむ。(手を叩く音。) 「人間なんて、みんなこういう考えなんだ!!」と豪語する方に、 「それは、あなたの考えでしょ?(みんながそうじゃないと思うよ?)」 と、ツッコミたくなるのとか、ありますもんね〜。 (みんな=あなたの投影。まんまですね♪) 自分もですね。自分も、「汚い人間だ」と思ってると、 相手相手、周りのみんな、ダークに見えますもん〜。 一時期は、世界中、腐ってると思ってましたよ〜。 もー大変☆ 最近はというと。 「すばらしい体験をしているところなんだなあ」と、 自分に対して思っていて。 だから人に対しても、 「すばらしい体験をしているところなんだなあ」という風に、 見るように、なってきてると思いますね〜。 自分に対しても、裁判しないのです。 いい・悪いとか、決め付けないで、行動と、あと心を見るように。 相手に対しても、裁判しないように。 いい・悪いとか、決め付けないで、行動はとにかく心を見るように! そして、そういう目で見れるかどうかの試練といいましょうか(^_^;) 出会う人、身近な人、周りの人との付き合いから、 毎日色々学ばせていただいていますね。 たまに悩んでるけどそれもご愛嬌(爆) もちろんその中で、こちらの場でも沢山の気づきを頂いています。 ともしび仙人・こうじうさぎさんにはもちろん、 会話にご参加くださるみなさんに、とっても感謝です^^ どうぞROMの方々も、気軽に色々参加してみてくださいね〜♪ (しまいにゃ、勝手に宣伝、ひなたでした(笑)) あ!ちなみに、 「読んでるだけって悪い事」なんてことももちろんナッシング! 書き込みを強制する訳でもないことをご了承くださいませ。 読んでくれているだけで、とってもありがとでしゅ(*^_^*) 『私も一緒に感謝です♪』――お話ありがとう♡
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人間関係がうまくなった!:
すべての人に完全の像をみる
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人間関係がうまくなった!:
すべての人に完全の像をみる
ともに成長できる貴重な機会に感謝☆(^人^) ひなたどの、プーさん、こんにちは♪ 今日もありがとうございます☆
そうでしゅよね〜、やりそーになっちゃうでしゅよね〜。 そんなとき、 『 わたしは本来 “無条件の愛” なんだ!! わたしは、すべてを受け容れる、 信条や主義が違う人さえも受け容れる…完璧なひとつとして包み込む… それが、無条件の愛 』――と思い直すと、 レッテル貼りしそうになってた自分自身に気づきますじゃよね♪ 相手に非があるんじゃない―― 相手に非を貼ろうとしている自分自身にこそ非があるのだ、 と冷静に、客観的になれますじゃ(*´▽`) そして、相手の中に「完全」を見るように思い直して、見てみると、 レッテルを貼ろうとしていたときには見えなかったものが見えてくる…と。 つくづく、人間は、「自分が見たいと思っているもの」を見ているのでしゅね〜。 真実の中立性とは何の関係もなく。 自分がされたら嫌なことは、人にもしたくないですじゃよね(*´▽`)b 「特定の条件を満たしたときだけ愛してやる。 そうでなければ、お前には価値はない。認めない」 ――という態度を取られたら、どう感じますか? めちゃくちゃ悲しいでしゅ〜〜o(T▽To)(oT▽T)o 自分がされたらめちゃくちゃ悲しいレッテル貼りを、 気づかないまま人にはやってたりする… 悲しさの応酬でしゅな。 悲しさをやりとりするよりも、喜びを、受容を、祝福をやりとりしている 世界の方が気持ちいいと、じいは思います… もちろん、各人自由にお好きなほうを選んでくださればよいのですけどね。 問題は、「気づかないまま」やっている、ということでしゅね。
うんうん、完全に自分自身の投影〜(≧∇≦)にゅはは! ふと思い出した例をひとつ。 遠くにいる人に対しては好意的なのに、 その人が身近になっちゃうと否定的になっちゃう人がいたでしゅ。 それは、身近な人には自分自身を投影しているからなのでしょうね〜。 相手は何も変わっていない… ただ、相手を見る自分自身の目が変わっただけなのでしゅよね。 その人は、次々と人を好きになっては、身近になるたびに嫌いになってたでしゅ。 そんで、「もっといい人を、もっといい人を」と探し続けてるけど… それでは永久にいい人は見つからないでしゅよ〜 なんて、思ったでしゅ。 見つけるべきは、他人でなくて、自分自身の内側なのでしゅ。 それは、恋人関係や夫婦関係、あと職場での人間関係にも 如実に現れていますじゃね。 「相手を非難している自分自身」に気づかない限り、 相手をいくら変えようとも同じことの繰り返しですじゃよね。 自分自身が「条件つきの愛」である以上、自分に引き寄せる体験も 「条件つきの愛」ですじゃ。 自分自身が「無条件の愛」になったとき始めて、引き寄せる体験は 「無条件の愛」になりますじゃ… ![]() にゅむ〜ん…、とってもわかるでしゅ。 日々勉強になって、ありがたいでしゅ〜☆
すばらしいです!!(*´▽`)b☆
そうでしゅよね〜(≧ω≦)うんうん♪ ありがたいことでしゅ♪
勝手に宣伝、とってもうれしいでしゅよ!(≧∇≦)にゅはは☆ あんがとでしゅ!! じいも、ひなたどのをはじめ、ふだんからお話してくださっている すべての方へ、心より感謝しております(^人^) ありがとうございます♪ 『レッテル貼りは、自分自身の投影』――お話ありがとう♡
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人間関係がうまくなった!:
すべての人に完全の像をみる
にゅむ! 1年以上も前の話題にも、まさに「核心」が出ているでしゅね! 今日も、「奇跡のコース」を読んでいて… ハッ!とさせられたのでしゅよ。 そんで、このスレッドを思い出したでしゅ。 答えだけは、昔から完全に出ているのでしゅよね。 あとは、それを心で実践しきるだけ! 「すべての人に完全の像を見る」、 うんうん、もう理屈ではわかっているのでしゅよね。 わかっていたつもり…というか、実際に実践して、何度も成功もしたでしゅ。 実践した結果、考えられないほどネガティブな人が、善行にチャレンジ しているところを見かけたり、ありえないほど知性の低い人が、とても 徳性の高いことをしてたり… それらは、ボク自身の心が、彼らを 表面的に見えることで判断せずに、 心で「彼らも完璧なんだ!」と意識して見ようとした 結果でしゅ☆ でも…、ちょっと油断すると、ついつい身体の目や脳で見せるエゴの罠に はまってしまって、自分も人も「身体という不完全な存在だ」と見る誘惑に 引っかかってしまうのでしゅよねぇ。 この罠にはまって、判断(非難・批判・裁き)を心でしてしまうと、 残念ながら、判断した通りの像が現れるでしゅ。 …こういう心を変革するようなことは、習慣にしないと、絶対に身につかない でしゅよね。 心を、新しい考え方(赦し)で何度も上書きする必要があるでしゅ。 そうしないと、ふと油断して、昔から慣れた考え方(判断)を無意識のうちに やってたりするでしゅからね。 自分にも人にも「完全」を見ようと思うなら、 きっぱりと決断する必要があることがあるでしゅ。 それは―― 「身体(人間)は実在しない!」 ――ということ。 これをきっぱりと決断してなかったから、巧妙なエゴのトリックに 引っかかって、ついつい「判断」の癖が出てしまうのでしゅ。 この話題を立てた1年前は、まだ「奇跡のコース」をじっくりとは学んで なかったから、ここに関して、まだ妥協と油断の入り込む余地があったの でしゅよね〜。 「身体(人間)は実在しない!」 この真実をきっぱりと、みじんも譲らず、自分の信念にする必要がある でしゅね。 そうすれば、絶対に「不完全の像」を見ることはありえないでしゅ。 奇跡のコース(ACIM)弱いという思いはすべて、 自分は身体だと信じていることに関連がある。 Workbook Lesson 91 奇跡のコース(ACIM)あなたの弱さが身体の目で見ようとし、 暗闇のなかを見回して、それと似たもの、小さいものや弱いもの、 病弱で死にかけているもの、満ち足りていないもの、 無力で怖がっているもの、悲しんでいるもの、貧しいもの、 ひもじい思いをし、喜びを失っているものを見ようとしている。 奇跡のコース(ACIM)弱々しさは、その作り主の心の闇を反映する。 弱々しいものは病んでおり、病気のものを見ようとし、 それは弱々しさそのものといえる。 奇跡のコース(ACIM)暗闇では、あなたはそこにない自己を知覚している。 奇跡のコース(ACIM)弱いものは暗闇を見ており、 ゆるしや愛に目的を見いだすことができない。 他のものはみな自らとは違っていると見なし、 この世界の何一つ分かち合おうとはしない。 裁きを下したり非難したりはするが、愛することはない。 Workbook Lesson 92 自分自身を身体だと信じていると、どうしても「弱い・壊れる・いつか死ぬ」 という無意識の考えからは逃れられないでしゅ。 その「弱い」という信念がある限り、みずから弱いものや病んだものを この世界に探してしまうのでしゅよ。 わざわざ自分から。 この罠には引っかからないようにしたいものでしゅね! 『完全を見る必須要素「身体(人間)は実在しない!」』――お話ありがとう♡
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人間関係がうまくなった!:
すべての人に完全の像をみる
奇跡のコース(ACIM)強いものは、こんなものを外観を通りこして見ることで、大目に見ている。 それは、そんなものの向こうにある光を絶え間なく、じっと見つめている。 それは光と結ばれており、その一部となっている。 その強いものは、強さそのものを見ているのだ。 それは光をもたらし、そのなかにあなたの真の自己が現われる。 逆に、強いものは、自分と同じく強いものだけを見ています。 だから、身体は見えません。 ポッと出ては壊れてチリに帰る幻覚など見えません。 真実だけが見えます。 そう思うと、神がこの幻覚の二元性の世界に関わらないのは当然でしゅよね。 だって、見えていないんだもん。 はい。 神は、わたしたち神の子には、幻覚(身体)を通り越して、 光(完全)を見ています。 時間という分割の幻想の外にいる永遠不滅の神の一部、 神と一体である神そのもの、「絶対存在」として見ています。 まさに、神やマスターたちと同じ視野をもつ必要があるでしゅね。 「完全だけを見よう」 と思うなら。 「身体(人間)は実在しない!」 「光の視野」 こそが、絶対無限の唯一本物の富。 永遠になくなりません。 与えれば与えるほど、全体として増加します。 そのことを、じいなりに解説してみましょう☆ 『強さを自覚しているものだけが完全を見る』――お話ありがとう♡
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人間関係がうまくなった!:
すべての人に完全の像をみる
光の視野…それは、自他ともに、つねに誰に対しても、 「真実と強さ(光)を見る」 ――ということ。 これは、身体の実在を信じているあいだは、不可能なことです。 だって、いつかは壊れて死んでしまいますからね、身体は。 そんなものに、完全無欠な強さなんて、見られるがわけないでしょう。 まったくでしゅね。 その無意識の恐れや弱さの信念とでもいったものが、この世界の中に 弱さを探させようとしているのでしゅから。 自分の信念が自分の世界映画を作ってスクリーンに映し出してるから、 探せば必ず見つかっちゃうのでしゅよね。 病弱なもの、死にかけているもの、満ち足りていないもの、 無力で怖がっているもの、悲しんでいるもの、貧しいもの、 ひもじい思いをし、喜びを失っているもの… 世界の中にこんなものが映し出されているなら、自分の責任でしゅ。 各人、信念で投射した自分の責任でしゅ。 映画「弱さと恐れの世界」の監督は、自分自身でしゅ。 身体の目が伝えてくる情報がどうであれ、そんなものは信じない、 ということが重要なポイントですじゃ。 身体の目が、どんなに愚かな像を伝えてきても、 身体の目が、どんなに卑小な像を伝えてきても、 身体の目が、どんなに貧しい像を伝えてきても、 身体の目が、どんなに嘘つきな像を伝えてきても、 とにかく、それは存在しません。 だって、「身体はない!」 のですから。 幻覚(自分の身体)が、「こんな幻覚(人の身体)を見た!」と伝えてきても、 二重の意味で、まったく無意味な幻覚。 信じてはいけませんね。 もし信じるならば、「弱さと恐れ」の信念から逃れることは不可能となります。 「真実と強さを見る」ことは不可能となります。 そうそう。 だからこそ、ボクも 「身体(人間)は実在しない!」 ということを、 何度も繰り返して、自分自身に言い聞かせているのでしゅよ。 ここを本気で、みじんの疑いもなく決心できるか否かは、 「この世界が本当に好きか?」 と、自分自身に欺瞞なく問えばよいでしょう。 本当に、好きなのでしょうか? 誰もが必ず壊れ、死んでしまい、別離が存在する世界が。 ニュースや新聞を見れば、9割方ネガティブ記事ばっかりの、この世界が。 記者がわざわざネガティブ記事だけを選んで取り上げているのは、 世界がそれを望んでいるから。 ネガティブ記事が多いと、愚かなことに視聴率や販売数が伸びるからです。 また、あなたは、おうちのドアに鍵をかけずに眠ったり、外出したり できますか? インターネットで、ご自分の本名や写真や住所まで、出せるでしょうか? 恐れを感じていませんか? 本当に、完全な平安に包まれながら、誰も疑うことなく、事故や災害や 突然の病気を恐れることもなく、暮らしていますか? もしそうなら、保険会社はすべて存在しないでよいでしょうね。 ――この死の避けられない世界は、誰の信念により映し出された映画なの でしょうか? 誰の心の、どんな信念が映し出している世界なのでしょうか? 各人、自分自身の心の、「弱さ」を信じる信念でしゅね。 ボクの世界の場合は、ボクの心の、「弱さ」を信じる信念でしゅ。 それなら、「弱さ」を手放す気には、まだならないでしょうか? もし、「もうこんな世界は嫌だ!」と思うなら、弱さという信念を捨てれば いいのです。 弱さを捨て、強さを採用すればいいだけです。 どれだけ本気か? 本気さが、自分自身の決心と、世界に対する責任をはっきりとさせるでしょう。 はっきりと、「わたしは弱さを捨て、『強さ』を採用する!」 と決定すれば、心から光があふれ出します。 奇跡のコース(ACIM)あなたの内なる力が光をかかげ、何を見ればいいのか示してくれるので、 あなたは身体の目が自分をあざむくために提供する、ただの影にすぎない ものに留まることはない。 これらのことは、一人でやっているわけではないのです。 神やマスターと同じ意志をわかちもったとき、自分は彼らと同じ存在、 同じ波長になります。 絶対に成功しかできない世界の彼らが、光の方向へと導いてくれます。 なぜなら、それが彼らの意志であり、あなたの意志だから。 目的は完全に一致し、統合され、もはやでっちあげ(錯覚)の葛藤はありません。 奇跡のコース(ACIM)力と光はあなたの内で結ばれ、その二つが出会ううところで、 あなたの真の自己はあなたを真の自己そのものとして抱き締めようと 待ちかまえている。 世界に「真実のみを見る」と決意する。 「強さのみを見る」と決意する。 かつての古い信念の残滓から、弱さや欺瞞がまだ見えるでしょう。 しかし、 錯覚は信じない。 誰の身体も信じない。 どんな欠乏も信じない。 絶対に、「心」で、世界のすべてに 強さと真実(光)を見る。 ――こうすることで、みずからの光を世界に与えることになります。 ひとつながりのすべての心に、光がわかちあわれ、 やがては、全員が同じもの(強さと光)を見るようになるでしょう。 そう、各人自分自身が、あなたが、 世界の中心にいる「太陽」 なのです ![]() 各世界の太陽は、たった一人しかいない。 だから、別の人に自分の代わりに救ってもらうことは不可能です。 どれだけ本気で自分が太陽であることを自覚し、 心で光を与えているか―― つまり、 「身体の目で見るならどんな最悪なものにでも、 心では強さと真実を信じているか、与えているか」 ――これが、決定打となるでしょう。 奇跡のコース(ACIM)真理は救い主であり、誰もがみな幸せで平安であるようにと意図するだけ。 それはみずからの力を、それを望む誰にでも与え、無制限で供給する。 それは誰かが不足しているなら、みんなが不足していることになると見なす。 そして、みずからの光を与えるので、全員が見るようになり、 一つのものとして恩恵を受ける。 それのもてる力は分かち合われるので、それがみんなに奇跡をもたらし、 そこで全員がゆるしと愛を目的に、心を一つにするようになる。 奇跡のコース(ACIM)強いものの光は不変であり、愛のように確かであり、 いつでも喜んでみずからの光を与える。 その光は、それ自体に与えることができるだけなのだから。 『決め手は、「太陽としての自覚」』――お話ありがとう♡
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人間関係がうまくなった!:
すべての人に完全の像をみる
「光の視野」―― それは、偽りを通り抜けて、ただありのままの真実を見抜く洞察力。 ただありのままの真実(すべては完全なる無辜であるという真理)を認め、 いっさい審(さば)かない…その必要がないから。 無辜(むこ)を審くことはできません。 罪がないものを審くことは不可能。 ただ、ありのままに認めるしかできないのではないでしょうか。 審かないとき、幸せなのは自分自身。 審くとき、苦しいのは自分自身。 真の自己(キリスト)や聖霊と同じように、光の視野(洞察力)を 自分の唯一の視野としたときに、はたして恐れや苦しみや悲しみ などを体験することが可能でしょうか…? まあ、不可能でしゅよね。 ということは、 幸せも不幸せも「自分の視野次第」 ってことでしゅね! 恐れや苦しみや悲しみを感じるとき、それは視野をくもらせて、 その雲の中に自分勝手に「ありもしない錯覚」を見出しているから。 真実だけを見ているなら、どうして幸福以外の体験が可能なのでしょうか。 ありのままの真実は、 「あらゆる人、状況、出来事、すべてのものが無辜だ」 と言います。 「完全で、欠けることなく、みじんの罪もなく、神聖極まりない!」 と。 この「ありのままの真実」を確信している人なら、 この世界にどんな錯覚が映ろうとも、恐れたり苦しんだり 悲しんだりすることは不可能なのではないでしょうか。 悲しむことは不可能でしゅ。 悲しめるとするなら…、その錯覚を信じたときだけでしゅね。 参考: 恐れを感じるなら、その幻想を自分が信じてるだけ光の視野(洞察力)は、わたしたちが最終的に到達する「悟り(啓示)」 とは関係ありません。 悟りは体験するものではなく、ただ知っているだけですから。 悟りとは、知覚や行為を越えた、その外にある知識です。 よって、誰も習うことも教えることもできません。 光の視野は、その「誰も習うことも教えることもできない知識」に気づく… みずから自覚するためには必須の条件です。 たとえるなら、二階にたどり着くために必要な「はしご」のようなもの ですじゃね。 二階にたどり着くまでは、それを利用することが必要ですじゃ。 「悟り」は直接習うことも教えることもできませんが、 「光の視野」は、習うことも教えることもできます。 奇跡のコース(ACIM)キリストの洞察力は教えることができるし、むしろ その習得を願う者はみな、教えなくてはならない。 This can be taught; and must be taught by all who would achieve it. Workbook lesson 158 光の視野は、教わることができます。 そして、本当に教わろうと思うなら、人に教えなくてはなりません。 自分が差し出したものだけが、 自分の受け取るものになる からでしゅね! はい♪ というわけで、また一つ、光の視野について、 みなさまに差し出しました。 いつも受け取ってくださる方に、感謝☆ これによって、また一つ、じいの習得が進みました。 本当に受け取ろうと思う方は、じいと同じことをしてみてください。 そうすることで、本当に受け取ることになりますからね☆ この世界にはどんなにたくさんの身体がいるように錯覚しても、 本当にいるのは「自分(真の自己)一人だけ」という事実を 覚えておいてください。 『光(洞察力)をわが物にする唯一の方法』――お話ありがとう♡
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人間関係がうまくなった!:
すべての人に完全の像をみる
考えてみれば、当然でしゅよね。 錯覚を見て、それを信じて、恐れたり苦しんだり悲しんだりして、 ビクビク不平不満だらけの人が、そんな心のままマスターに達するなんて… ありえないでしゅ!(笑) 恐れと不平不満だらけのマスター… 想像すると笑えるっ! あまりにも矛盾していて。 にゅっはっはっはっ☆天国には、喜びしかないのにねぇ。 喜びしかない処に、喜びでないものが、 みじんでも存在できますかな。 みじんでも喜び以外のものが存在しているなら、 そんなものは天国でもなんでもないですし、 わたしたちがゴールと呼ぶには値しないですじゃね。 天国(悟り、マスター)に到達する前に、 この錯覚の世界においても、そのイメージは 天国に近づくのでしゅね。 光の視野(洞察力)を手に入れると。 そうですじゃ。 あくまでも、錯覚は錯覚で、最終的には完全に放棄することを 選ぶことは間違いありませんが、それでも、一時的とはいえ、 この錯覚の世界も天国に似てくるでしょう。 奇跡のコース(ACIM)こうした経験が増してゆき、これ以外のすべての目標に価値が ほとんどなくなってきたら、あなたが戻ってくるこの世界は、 時間が終わるときに少し近づいている。 その様子はもう少し天国に似てくるし、解放の時も近くなっている。 As this experience increases and all goals but this become of little worth, the world to which you will return becomes a little closer to the end of time; a little more like Heaven in its ways; a little nearer its deliverance. Workbook lesson 157
『擬似的平和を経て、天国へ』――お話ありがとう♡
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人間関係がうまくなった!:
すべての人に完全の像をみる
今の私に必要なのは、昔の思い込みを手離すことのようです。
上から目線がムカつく。 汚いものがきらい。 不愉快になった後で、赦す、赦す!本当は何も起っていない!と言い聞かせるのもいいけど、そろそろ、そんなことを気にしないでいられたらなぁと思うようになりました。
本当に、その通りなんです。 苦しい、不快な思いをする前に、気にしない自分になれたらなぁと。 それで、子供の頃に私に接した人との関係や影響を考えてみたら、嫌悪の元となる判断の基準が小さい頃からできているようだと思いつきました。 あれは汚い。 これを触ってはいけない。 きれいに洗いなさい。 当時は大事なことだったかもしれないけど、必要以上に反応して苦しんでしまう自分が今いるんだったら、もう必要ない。 だったら、そこに戻って、「全ては完全」って書き換えてしまえば・・・。 そう思いつきながら帰ってきました。 少しは楽になるかな。 『過去に戻って』――お話ありがとう♡
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| ともしび茶屋全体で、最近更新(新着)された、おにゅ〜な話題だよ☆ | |||
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ともしびメイド
新しいお話をありがとうございま〜す☆カッコ内の数字は参加者の数で、数字のクリックで最新のお話にジャンプできますよ♪ |
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仙人になった!(精神世界):
投影をやめて、拡張へ
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心身が健康になった!:
赦しを受け取るには?
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不変の完全な心(聖霊)を悟ることでのみ、癒される
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みんなで発展した!:
神の愛と、エゴ版の愛
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平安を本気で望むとは―錯覚の完全放棄
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本当の自分になった!:
私は神自身の拡張である神の子
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心身が健康になった!:
恐れを感じるなら、その幻想を自分が信じてるだけ
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心安らいだ…:
真の自己は完全無敵・決して傷つきえない
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うまく学べた働けた!:
聖霊のレッスン
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仙人になった!(精神世界):
自我(エゴ)の台本「願望と錯覚」
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ともしびメイド
関連本「神の使者」をご既読で、そしてコースの学習意志のある方でございます。
私が投稿・参加できるアトラクションは?よろしければ、 あなたも「奇跡のコース」をごらんになってみませんか? ともしび茶屋の話題をごらんになり、コースに関心をお持ちになったみなさまのために 「奇跡のコース」本書と その関連本を集めてみました。 本か書名をクリックすると、ともしびブックスのクチコミページへ、 「情報を見る」をクリックすると Amazon.co.jp の詳細ページへ行くことができますよ♪ |
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A Course in Miracles(奇跡のコース)
[ 情報を見る ] 「奇跡のコース」本書です。(英語) 最後の悟りの準備ができている人だけが出会い、理解することのできる、エゴと輪廻の幻想を終わらせるコース(講座)です。 1300ページを超えるコースで、ワークブック部の実践だけでも1年以上の時間が必要であり、全編の理解には一生かかるかもしれません。 真の自己である「完全な愛・一体・永遠」を受け入れるため、障害となっている偽りの自己「分離・身体・死」などの信念を取り除くことを目的としており、すべてのパラダイムを完全に逆転させます。 信念を変えることは最も簡単であると同時に、最も難しいことであるため、悟るべき時期に来ている人しか本書に関心を持つことはないと思われます。 |
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関連本編(日本語のみ) |
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神の使者 【超オススメ!】
[ 情報を見る ] 「奇跡のコース」学習者なら言わずと知れた、最高の「コース」副読本です。 コース本書よりも先に読んでもいいくらいの名著です。 まずは日本語の本からコースを学びたい方や、コース本書の理解に挫折しそうな方にもおすすめいたします。 かつてわたしたちと同じようにコースを学び、日々の赦しを実践し、無意識の罪悪感を取り除き終え、ついに神の啓示(悟り)に到達したマスターが 直接指導してくれる驚異の本です。 とくに、かつてマスター自身も体験した、コース学習者が本道から逸れてしまいがちな誘惑や陥りがちな罠、自己欺瞞についても 非常にわかりやすく訂正してくれるため、まっすぐ進むためには、これ以上なく助かるでしょう。 コース関連本はたくさんあれど、唯一正確にコースの思想を伝えています。 続編の「不死というあなたの現実」も大変感動的です。 |
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スターピープル Vol.22
[ 情報を見る ] 「奇跡のコース」誕生の経歴、関わった人々、現在 コース関係で活躍している人の情報など、コースの背景をよりいっそう深く知りたいときに役立つ本(ムック)です。 ヘレン・シュチュクマンやビル・セッドフォードのことはもちろん、ケネス・ワープニックやゲイリー・レナード、マリアン・ウィリアムソン、果てはニール・ウォルシュのインタビューまで載っていて、好事家にはたまらない魅力のつまった一冊です。 |
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愛への帰還
[ 情報を見る ] 上記「神の使者」が日本語化されるまでは 「奇跡のコース」を日本で紹介してくれる唯一の本でした。 内容的には、著者の主観でかなりコース本道からそれており、おすすめはいたしかねます。 しかし、非常にシンプルで、また著者の体験談により内容がわかりやすいため、コース入門用としては良書といえると思います。 |
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聖なる愛を求めて
[ 情報を見る ] 上記「愛への帰還」と類似点の多い本です。 「奇跡のコース」の内容を 男女の愛情関係にあてはめて活用する方向で進めており、正確なコースの思想を求める人には適切とは言いがたい本です。 しかし、「愛への帰還」同様に、コース入門用としては良いかと思われます。 |
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ゆるすということ
[ 情報を見る ] 「奇跡のコース」の最大のテーマ「ゆるし」に焦点を当てた コース学習者でも充分満足できる内容です。 コースからの引用も多々あり、コース未学習者にもやさしい本です。 しかし、いかんせんページ数が少なく、密度的には満足はできないかもしれません。 あと、コースで学ぶべき「ゆるし」とは、ほんの少し方向性がずれているような気もします。 これも、あえて言うなら「コース入門用」の本です。 |
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非関連本編(日本語のみ)非関連本編は、「奇跡のコース」について直接の言及はありませんが、コースと同じ 思想が学べる、非常に有用な本です。 じつは、こちらの方が上記「関連本編」よりも有用な本が多いです。 |
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無条件の愛 【オススメ!】
[ 情報を見る ] この本は正直、驚愕いたしました。 何がと申しますと、内容の密度、高度、わかりやすさ、すべてにおいて最高レベルのバランスが取れているからです。 それもそのはず、この本は人間の著者が書いたわけではなく、コースの「声」と同じ存在と著者が同調して書かれた いわば「チャネリング」本です。(著者は、ある誤解を避けるためにチャネリングとは呼ばれたくないようですが) コース本書、「神の使者」に次ぐ 非常にハイレベルな本であり、コース学習者ならぜひ読んでおくべき必携の書かと思われます。 |
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心身の神癒(入手困難)
[ 情報を見る ] ズバリ、現代版「山上の垂訓」です。 上記「無条件の愛」と同じく、コースの「声」がそのまま語った いわばチャネリング本です。 もともと本ではなく、講演の記録を文章化したものです。 非常にハイレベルで、密度も濃く、上級のコース学習者向けの本だと思います。 ただ、翻訳が少々前時代的なため、古い本独特の言い回しが大丈夫な方におすすめします。 |
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イェシュアの手紙
[ 情報を見る ] 著者が瞑想中にイェシュアから受け取ったメッセージを、著者の体験談と織り交ぜながら紹介しています。 イェシュアの語りは、翻訳の仕方なのかどうかはわかりませんが、まるでポエムのようなノリです(笑) とても良い本だとは思いますが、コース本書の学習者なら少々物足りなさを感じるかもしれません。 「悟りは心さえ変えれば瞬時だよ」とはいえ、その心が簡単には変えられないからこそ コースのような徹底したシステマチックな講座があるわけで、この本だけで事足りることは、まずないと思われます。 お話を聞いてくださり、ありがとう♡
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