も う も く
目とは、障害ですか?
もちろん、立派すぎるほど立派な(?)障害です。
…ふつうは。
『 ふつうは、って、どういうこと? 』
まあ、まってください。
その障害を逆に祝福にかえて大成功をおさめた人がいるとしたら…
どうしますか?
これは、そんな彼の転機(てんき)となった、少年時代の物語です。
年のなまえは、「スティーヴランド・モリス」。
彼のなまえは、ご存知(ぞんじ)でしょうか?
これは彼の本名なので、知らない方がほとんどなのではないでしょうか。
水晶体後線増殖症(すいしょうたいこうせんぞうしょくしょう)
これが、彼の病名(びょうめい)です。
モリス少年は、未熟児(みじゅくじ)で生まれたために、保育器(ほいくき)に入れられたのですが、そこであやまって過剰(かじょう)酸素(さんそ)を受け、「生まれながらの盲目」となってしまったのです。
しかも、それからまもなく、父親は失踪(しっそう)します。
ふんだりけったりとは、まさにこのことですね…。
機は、モリスがひっこした先の学校でおとずれました。
ある日、理科の実験(じっけん)で使うネズミが一匹逃げだしたのです。
先生と生徒たちはネズミをさがしますが、見つけることができません。
ふと、先生は思いついて、モリスにたのみます。
「ねえ、モリス。
 あなた、耳がいいのだから、
 ネズミの声がきこえないかしら?」
モリスは、完全な(やみ)の世界にすんでいます。
でも、むしろそのおかげで…
聴力(ちょうりょく)がとても発達(はったつ)していた
のです。

モリスが、人からみとめられたのは、このときが生まれてはじめてでした。
モリスのおかげて、ぶじネズミはつかまえられました。
先生やクラスメイトは、口々にモリスをほめてくれます。
こんなからだに生まれついたぼくなんか、きらいだった…。
 それなのに、こんなぼくをみとめてくれるの…?

――彼の心に、ひとつの転機がおとずれた瞬間(しゅんかん)でした。
そして、モリスは成功したのちに、こう語ります。
「あのとき…、
 わたしのコンプレックスを先生がみとめてくれたあのとき、
 わたしの人生は、あのときからはじまったのです」
モリスが、その盲目ゆえのすばらしい個性(こせい)にめざめ、「音楽家」としての道を歩みだした瞬間でした。
ティーヴランド・モリス。
そう、音楽アーティストとして、成功した男です。
彼がだれなのか、おわかりでしょうか…?
スティーヴランド・モリス…
またの名を――
『 スティーヴィー・
  ワンダー 』
スティーヴィー・ワンダー!
ご存知の方は多いでしょう。
そう、1970年代有数のポップシンガー・ソングライターとして、大成功をおさめた、あの彼です。
ティーヴィー・ワンダーが、盲目ゆえの神がかり的な「聴力」に気づき、それを活用することがなかったなら…?
彼は自分に自信をもてないまま、みずから暗い人生をえらんでいたことでしょう。
彼が多くの人々に与えた感動も、この世には存在しなかったことになります。
同じような例は、日本にもあります。
2002年、音楽家にとって最高の栄誉(えいよ)、カーネギーホールでの全米デビューという大成功をかざった青年…
ピアニスト、(かけはし)剛之(たけし)さん。
彼も、生まれついての盲目でした。
少しちがいますが、ベストセラー「五体不満足」で有名な乙武洋匡(おとたけ ひろただ)さん。
彼も、からだに障害をもつというご自身の個性をご自身で受け入れずに、ベストセラーを生み出すことができたでしょうか?
ベートーヴェンの不朽(ふきゅう)の名作「第九」もそうです。
彼が聴力を失い、完全な静粛(せいしゅく)の中からひらめきをえたことは有名な話です。
光どころか、音を失ってでさえ、人は人を感動させ、後世に残る作品をつくれるのです…!
こうした「結果」だけを見ることは、おこがましいかもしれません。
結果にいたる「過程(かてい)」は、わたしたちを大いにはげましてくれるものです。

『 ぼくの代わりにピアノが泣いてくれる 』

梯剛之

『 障害は不便です。
  だけど不幸ではありません。
  ぼくは声を大にして言いたい。
  障害をもっていても、ぼくは毎日が楽しいよ 』


乙武洋匡

『 太陽が広大な天を()けてゆくように
  兄弟たちよ、きみたちの道を駆けろ。
  勝利に向かう英雄のように、たのしく 』


ルートヴィヒ・V・ベートーヴェン 「第九」
人には、なぜ「ちがい」というものがあるのでしょうか。
あなたも、こんなことを思ったことはありませんか?
「もっと背が高かったら…」
「もっと鼻が高かったら…」
「もっと肌が白かったら…」
…などなど。
人とちがうことで、コンプレックスをかかえ、中には精神的(せいしんてき)に病む人さえいます。
どうして、人はみな人とちがうのでしょうか…?
ところで、ジョージア州に、成功者と億万長者(おくまんちょうじゃ)をしらべて20年…
そこから得た教訓で、自らもその仲間入りをした人がいます。
彼は、こう言います。

『 人とちがうことは利益(りえき)をもたらす 』

トマス・J・スタンリー富裕層研究家(ふゆうそうけんきゅうか)
意外に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、これが事実です。
『 人とちがうことが利益をもたらすといっても、
  人とはちがう“長所”が利益をもたらすんでしょう?
  ちがいといっても、それが“欠点”じゃ、意味ないよね? 』
いいえ、ここをあなたにかんちがいしてもらいたくないから、このともしびはあるのです。
逆に、人がほめてくれる長所だけにたよることには、大きなワナがひそんでいるのですよ。
なぜでしょう?
それは、多くの人があこがれる見栄(みば)えのよい場所には、多くの人がむらがり、はげしい競争があるからです。
長所エリートたちが戦って、次々に撃墜(げきつい)しあっているのが、社会の現実なのです。

『 戦って勝つは下策(げさく)
  戦わずに勝つが最上 』


孫子(そんし) (兵法家)
あなたも、いやおうなく競争社会にいるのでしたら、ご存知のはずです。
どんなにがんばっても、あなたより才能がある人はいます。
どんなにがんばっても、あなたより美しい人はいます。
どんなにがんばっても、あなたより体力のある人はいます。
たとえオリンピックで頂点(ちょうてん)をきわめたとしても、永久に頂点にいつづけられる人はいませんよね?
他人が評価してくれる「長所」で勝負することもよいです。
でも、それだけにたよるということは、いつか負けるために努力しているということなのです。
『 …じゃあ、がんばっても成功なんてできないの? 』
いえいえ、そうではありません。
だれだって成功できるのです。
世に成功者と呼ばれている人だって、多くのことができたわけではありません。
むしろ、できないことだらけの落ちこぼれ。
たからこそ…
自分らしさが活かせる場所は
どこか?
――を考えてきたのです。
やみくもにがんばったのではなく、
がんばってむくわれる場所は
どこか?
――をがんばってさがしたのです。
競争とは、戦うまえにすでに結果が出ているものなのです。
大切なことなので、もう一度言います。
人がうらやむような派手で目につきやすい場所でがんばっても、そこには競争が生まれます。
競争があれば、必ず敗北者が生まれます。
あなたが確実に成功するためには…
『 戦わずに勝つ 』
――ことです。
あなたが人と戦わずに勝つことができるもの…
あなただけの独壇場(どくだんじょう)
それこそが、愛すべきあなただけの…
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