感動のわかちあい ともしびブックス
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ともしび仙人とこうじさまが
体験をわかちあうために召喚してくれた 『福の神になった少年―仙台四郎の物語』 (ISBN: 4333018382) が、あなたに挨拶してきたよ☆ この単行本を つくったのは、 丘修三 さん 村上豊 さん 、出版したのは、佼成出版社だそうだ。 |
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福の神になった少年―仙台四郎の物語 (単行本) 話題度:
お元気さまです♪
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今日は、「知覚」という罠について、 お話してみましょう。 知覚…? 知覚って、身体の五感で感じたり、意識であれやこれやと 評価・判断したりする「感覚」のことでしゅか? そうですじゃね。 この世界では、知覚がはっきりしているほど賢いと信じられていて、 知覚がぼんやりしているほど、知能障害とかウスノロと呼ばれたりして、 良くないことだと信じられていますじゃね。 そうでしゅね。 究極の本「奇跡のコース(ACIM)」の第三章、 「THE INNOCENT PERCEPTION(無辜な知覚)」に、 知覚について、こんな言葉がありますじゃ。 ちょっと抜粋してみますじゃね。 奇跡のコース(ACIM)知覚することは一時的なこと。 空間と時間を信じることにともなうものとして、 その知覚することは、恐れか愛のどちらかになる。 誤った知覚は恐れを生じ、真の知覚は愛を育むが、 知覚はみな変化するので、そのどちらも確実性を ともなうものではない。 知覚することは必然的に解釈を要するので、 あなたには色々な見方ができる。 そうすると、知覚とは完全なものでもなければ、 首尾一貫したものでもない、という意味になる。 知覚は変わるものだから、 それが時間に依存しているのは明らかである。 機会あるごとにあなたがどのように知覚するかによって、 何をするかが決まるし、行動は必ず時間のうちで起こる。 知覚することがはじまったのは、 分離することで程度とか側面とか間隔とかを導入して以来のこと。 霊には段階などないし、 争いというものはみな段階があるとする概念から生じる。 意識するということは知覚の段階に属するのだが、 それは分離以後、最初に心が採り入れた分裂ともいえ、 それが心を創造するよりむしろ、知覚するものにしてしまった。 意識することは、エゴの領域に属すると見なすのが正しい。 エゴとは心の正しくない状態で、自分自身をあるがままにではなく、 むしろ自分勝手にそうありたいと願うままに知覚する試みといえる。 知覚することは、心をいくらか誤って使ってしまうことが避けがたい。 なぜならそれは、心を確信のない領域に引き込むからである。 知覚する能力が、身体の存在を可能とした。 なぜなら、あるものを知覚するには何かを用いて知覚しなければ ならないからである。 知覚の解釈する機能、それは歪んだ形で創造することだ。 したがってそれは、自ら引き起こしてしまった葛藤から逃れようと試みて、 あなたが身体を自分自身だと解釈するのは良しとする。 知覚するとは本来、ものごとを審くような見方をすることであり、 それはただ分離したあとで導入されたにすぎない。 それ以来、誰一人、何事にも確信をもてないままになっている。 はい、最後まで読んでくださり、ありがとう♪ さて、「知覚」とは、本当に良いものなのでしょうか…? 知覚とは、本当に「賢さ」なのでしょうか…? にゅ〜む…。 世間一般的には、そう信じられているけど、 どうやら、「知覚」というものは、分離した心(エゴ)の 象徴のようなもののようでしゅね。 何かを知覚しようと思うと、当然、別々に離れたものがないと 知覚は不可能ですものね。 そして知覚できるのも、時間という分割されたコマの中だけです。 意識とは、心の分離後はじめて導入された概念であって、 その意識が知覚する―― こうして、エゴの世界が、あたかも本当に存在するかのように、 わたしたちの眼前に繰り広げられているわけですじゃね。 ヴァーチャル・ワールドでしゅね。 本当は存在しないんだけど、知覚することを通して、 あたかも存在しているかのように見える、と。 知覚するとは、どうしても何かと何かを区分けすることであって、 最良の知覚であっても、良い意味であっても、審くことから逃れられません。 あなたの毎瞬の行動は、自分なりに、その時点での「最良」を判断して、 行動していますじゃよね。 …後から見て、本当に最良だったかどうかは、別として。 そりゃそーでしゅよ。 毎瞬の選択肢は、できうる限り、正しい方や幸せになる方を 選んでいるつもりでしゅ。 …本当にそれが正解だったかどうかは別として(笑) すると、どうしても、同時に「悪い方」というものも決定して、 正しいと思った方から区分けしているわけですじゃよね。 悪…「良くない」と信じるものが、あなたには見えるわけですじゃ。 知覚するということは、構造的に必ず何かと何かを分離することに なるのですから。 じゃあ、知覚することからは、 完全のみ、一体のみ、善のみの「天国」は、 決して見えない ってことでしゅか !? そうですじゃね。 知覚の源、そして知覚の構造とその罠に気づかない限り、 知覚することこそが唯一の現実世界だと信じて、同時に 「悪」とか不完全の存在も信じることになるでしょう。 それを信じているから、見えるのですが。 頭がいい人ほど、その人の見る世界には、 悪とか不完全が存在しているってことなのかなあ? なんとなくだけど… 頭がいい人や学歴が高い人ほど、「悲観的」「疑念的」な人が 多いような気がするのは、気のせい…? 頭がよくて、自分の知覚に自信をもっているから、 どうしても「審く」ことになってしまっているからなのかな…? 知覚の反対は、「知識(真理・真実)」ですじゃ。 真理は、ただあるだけ。 真理は、ただありのままにあるだけで、 永遠に完全で、一体のままで、絶対に変わることなく、 時間の外にありますじゃ。 奇跡のコース(ACIM)自分自身やきょうだいを審こうとする気持ちを全然もたずに接するとき、 思わずこみ上げてくる素晴らしい解放感や、心に深く感じる平安とは どんなものなのか、あなたには少しもわかっていない。 自分が何であり、きょうだいは何であるか、それに気づけば、 どのようにであれその人たちを審くことには意味がないと悟るだろう。 事実、あなたが審きを下しているのは確かだからこそ、 あなたにはきょうだいにどんな意味があるのか分らなくなっている。 自分は審くことを強制されていると信じると、 何事にも確信をもてなくなる。 あなたは自分の生活を整理するのに審きをくだす必要はないし、 ましてや自分の気を静めるのにそんなことをする必要はない。 知識(真理)を目の前にすると、審くことはすべて自動的に中断するし、 これこそ知覚するかわりに再認識できるようになる過程である。 ぐふぉぉぉ〜… !! 「知覚」というものを信じこんで、それに100%依存 している気持ちが揺らげば、それで充分♪ 知覚の本当の正体を知らない間は、闇の中をあてもなく さまよっているようなものなのですから。 ![]() 光だぁぁぁ…!! 「自分が何であり、きょうだいは何であるか?」、て… ボクたちは全員合わせて、「神の一人子」 でしゅよね! ![]() それが、真実。 だとするならば、わざわざ知覚する必要などないのではありませんか? ただ神の一人子である、それだけでよく、区別する必要などないのですから。 奇跡のコース(ACIM)自分のきょうだいを攻撃しているときには、 その人を知ることなどできない。 攻撃は、いつも見知らぬ人に対して加えられる。 誤って知覚しておいて、その人を見知らぬ人とするから、 知ることもできないのである。 自分で見知らぬ人としてしまったからこそ、 その人に対して恐れを抱いてしまう。 正しく知覚しさえすれば、その人を知ることができる。 神が創造したもの(一人子)の中には、 見知らぬ者などいないのだから。 知覚に頼らず、すべての人を最初から知っている人だと 信じればよいでしゅね! わが同胞だと! 知覚に頼らないなら、それは可能でしゅよ☆ そのとおりですじゃ☆ ところで、質問なのですが―― 知覚の罠にあまりハマっていない人って、 この世にいると思いますか? え? にゅ〜む… まあ、あんまりいないかも…。 ハマっていないのは、悟った「マスター」くらいだろうけど、 マスターは物質世界にはもう身体という幻覚を作ってないでしゅからねぇ。 しかし、この世には、マスターでなくても、知覚の罠にハマらず、 どんなときでも悪も不完全も信じず、いつもニコニコして、神からの 贈り物をありのままに受け取っている人もいるのですじゃよ♪ えええっ!?? それって、いったいどんな人…!? 知覚の罠にハマって、審くことをしなければ、 誰でも 「彼」 のようになれるでしょうね♪ 彼は、いじめられても、ばかにされても、 まったくその意味が知覚できなかった… だから、いつもニコニコ 毎日幸せ♪どんなときでも、どんな状況でも彼はニコニコしているものだから、 いつのまにか彼がフラリと立ち寄ったお店は、商売繁盛すると噂に。 何も審かないから、いつも笑顔で幸せいっぱい☆ その場をなごませ、明るく楽しい雰囲気をもたらしますから、 いつのまにか彼は、なにものにも変えがたい「福の神」のように 人々に思われるようになっていました。 そのため、彼はどこのお店でも歓迎され、無料でもてなされ、 知能障害で、無職であっても、一切欠乏することなく、 死ぬまで幸福だったそうな。 …!! しゅご〜い…! 頭が良くて、 「どうやって稼ごう」とか、「将来設計をきっちりしなくては」とか、 「万一に備えて保険を」とか、そんなことをついつい考えて気苦労して 暗い顔をしている…という自覚のある方は、必見☆ 神は、ありのままで完全な贈り物を、愛する神の一人子(人々全員のこと)に 贈ってくれています。 その贈り物は、一見エゴの目線では贈り物には見えないですけどね。 (エゴの目線で良く見えるものはすべて罠) 神は、あなた自身よりもあなたのことを、そしてあなたの幸せをご存知で、 本気であなたを幸せにしようと願っているとしたら… どうしましょう? それでも逆らって、自分で目標をでっちあげて、苦労してみたいのでしょうか。 じいは、本気で、すべてを神にお任せしたいと思います ![]() 江戸末期から明治にかけて、こんな「彼」がいました――「福の神になった少年 仙台四郎の物語」 お話ありがとう♡
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ボケ役の老人(300歳)とツッコミ役のうさぎ(3歳)。 |
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ともしび仙人
お耳を傾けてくださった あなたにも、感謝いたします☆ |
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| 『福の神になった少年―仙台四郎の物語』 や その体験に対するコメントだよ☆ コメントに参加したいときは、冒険者登録 をしてね♪ | |||
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私は以前、知能障害とされる人と一緒の職場で働いていた経験があって(神の贈り物ですね♪)
その時何度も「彼の方がよっぽど幸せなんだろうな〜」と思ってたことを思いだしました。 お話ありがとう♡
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| 『福の神になった少年―仙台四郎の物語』 を体験した村人も その想いをわかちあってくれているよ! | |||
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村人
四郎さんの逸話はいろいろなところで断片的に残されているようであり、その話を収集し再構成したのものだ。
四郎さんは「ばやん」としか話さない。 そしていつもニコニコ笑っている。 おそらく、純粋な目で人を見ることが出来たため、彼が寄っていく店の人に悪い人はいなかったということなのだろう。 結果、その店は繁盛する。 「雨ニモマケズ」に通じるものがある。 人に優しく。 お話を聞いてくださり、ありがとう♡
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村人
明治維新の頃、仙台市内でうまれ、
「福の神」と呼ばれた芳賀四郎さんの話です。 知恵遅れという障害を持って生まれ、 「しろばか」と呼ばれながらも、 その笑顔で人々を魅了しました。 町の中をうろうろとさまよい、 見よう見まねで、勝手にお店の手伝いをしていく。 四郎の寄る店は繁盛したので、 「福の神」と呼ばれるようになりました。 しかし、 その「福の神」を利用する悪い人間に利用され、 笑いものにされたりと 波乱の人生を送りました。 直感的に自分を好きでいてくれる人には、 笑顔で何度でも足を運び、 その人を喜ばせるためには一生懸命働きました。 周囲の人も そういう四郎を本気で支えました。 色々な噂が残っていますが、 最後はどこで亡くなったのか分からないままです。 色々な気づきを得られた一冊です。 人を笑わせても 笑われちゃいけない お話を聞いてくださり、ありがとう♡
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村人
この本を読んでいると、形だけの「平等」なんてな〜んも意味がないなぁってあらためて感じさせてくれます。
今から○十年前は、シルバーシートなんてなかったけど、ちゃ〜んと席はゆずっていたし、いじめっ子はいたけれど、死にたくなるほどの仲間はずれはあまりなかったはず。 「平等」というより、「共生」という言葉を思い出させてくれる1冊。 仙台に遊びに行く前に、読んでおくことをお勧め! お話を聞いてくださり、ありがとう♡
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村人
仙台四郎が立ち寄る店は繁盛する。
逆に仙台太郎を迫害する店は繁盛しない。 やがて潰れる。 知的障害者の仙台太郎を笑顔で迎える店。 お客さんにしか笑顔を見せない店。 仙台四郎を利用して、商売で大成功して、豪邸を建てたが、 がむしゃに金だけを追いかけて、大金を手にして贅沢三昧。 こんな教訓がちりばめられた良書です。 ダニエル・キイス(著)「アルジャーノンに花束を」の最後のくだり、 漢字にはフリガナがついています。 小中学生にも読める、本当にいい本です。 お話を聞いてくださり、ありがとう♡
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村人
「読むスメ」清水氏の推薦本。
笑顔のパワーはすごいっ!! 明治時代の実在の人物、仙台四郎の物語。 知恵遅れの「しろばか」が、みんなに幸せを運んでくる福の神だった。 みんなに、ばかにされながら、時にはもてはやされたり、そんなことには関係なく、四郎さんはただその輝くような笑顔で生きていた。 そう、神の前では、四郎君も私らも、おなじ小さな存在なのです。 *四郎さんの時代の人たちは、四郎さんを時にはばかにしながらも、四郎さんといっしょに生きてきた。 福の神、四郎さんにありがとさんきゅっ♪v(*'-^*)^☆ お話を聞いてくださり、ありがとう♡
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福の神になった少年―仙台四郎の物語 (単行本) 話題度:
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ガイドペンギン
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